●全体主義 ぜんたいしゅぎ
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個人などを犠牲もしくは第二義的なものとし,民族や国家を第一義的にする主義。【全体の定義】何をもって全体とするかは明らかにできない。個人や家族,あるいは血のつながりを基礎に成立していた血縁社会から地縁社会に移行していくと,すでに,社会という大きな存在に対する個々のあり方が考えられ,全体を優先する考えがでてくる。それ故,全体主義を一般化してとらえれば,きわめて古いものになる。プラトンなどにみられるポリス生活には,ポリスを優先させる全体主義の萌芽がみられる。しかし,近代に入ってからは,小さなものを犠牲にして,大きなものを活かし,窮極的には,全体の勝利を考える軍隊的思考から出発し,統一や発展の遅れた国家や民族を,一気に先進水準に高めるために,ヘーゲルをはじめとするドイツ観念論で体系化された。したがって,全体が意味するものは,それぞれが属する民族であり,国民・国家であるのがふつうである。
【民主主義との対立】民主主義を社会の根幹にして発達してきたイギリスやアメリカと異なり,社会的成熟が遅れ,国家体制や国際社会への参加も19世紀になってからになるイタリア,ドイツ,日本などは,民主的な制度を確立することよりも,国家的発展を急ぐことになる。同じことが,民主主義と密接に関連して,個人の権威を確立する個人主義や自由主義についてもいえる。第一次世界大戦で敗戦国となったドイツや戦勝国の側にありながら,戦後に混乱したイタリアでは,賠償金・領土拡張の失敗などに加えて,共産主義や革命の恐怖にさらされた。日本もワシントン会議の四カ国条約や九カ国条約で,太平洋方面や大陸への進出を封じられ,経済的疲弊が進んだ。その状況のなかで,無政府主義や共産主義が高まってきた。こうした,一種の危機意識のなかで,むしろ,民主的手段を放棄して,民族や国家の存続と発展を期して,全体主義がおこってきた。1922年のイタリアにおけるファシスト政権の成立,1933年のドイツでのナチス政権の出現,1931年の満州事件勃発,1936年の二・二六事件をへて進む日本での軍部を中心にした独裁化がこれにあたる。【議会の一党化】全体主義は自己の優秀性を信じ,その優秀性にふさわしくない情況にあると認識して,「もたざる国」として,「もてる国」の維持している現状を破っていこうとする。その行動を決定するのは指導者であるから,下からの世論を積み上げ,反対者の意見をきく議会制度は否定される。議会制をもとに選出される責任内閣制についても同様である。議会そのものは存続するのがふつうであるが,全体主義にあっては,議会は討議する場ではなくなって,指導者の意志を伝達する場に変化してくるので,野党は存在せず,議会は一党によって独占され,反対者は選挙が形式的に行われる場合でも,立候補すら困難である。この意味では,アメリカでしばしば指摘されるように,ソ連などの社会主義国家も全体主義国家といえる。
【指導者の意志】全体主義では民族や国家といった共同体が尊重され,個人の自由や生活は制限される。共同体に対して責任を負い,その行動を掌握しているのは指導者とその一群のグループであるから,指導者の意志は決定的な意味をもつ。全体主義が独裁制と通ずるものをもつのはこのためである。イタリアのムッソリーニ,ドイツのヒトラー,スペインのプリモ=デ=リベラやフランコがこれにあたる。指導者の意志は絶対であるから,その真意は秘密にされることが多い。全体主義はこのため,秘密主義に走ることが避けられず,側近さえも真意を知りえないことが少なくない。また,世界の現状を打破していくためにも,指導者の権威を高める上からも,まず,軍事大国をめざし,経済は全体的統制下に置き,文化や思想さえも一定の方向化を強いられ,全体に奉仕するものに限られ,それらを法的規制のもとに置くようにするのが一般である。