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●全真数 ぜんしんきょう

アジア 中華人民共和国 AD 

 金代に成立した道教教団の一つで,王重陽によって開かれた。王重陽は1159年(正隆4),甘河鎮で隠者から金丹の口訳を授けられ(「甘河の遇仙」と呼ばれる),何年かの修行をへたのち山東方面へむかい,そこで馬丹陽ら7人の弟子を得て布教活動を行った。彼の死後跡を継いだ馬丹陽は,陝西地方を中心に布教活動を行って教団の基礎を固めた。この教勢をさらにゆるぎないものにしたのは丘長春で,彼はチンギス=ハンに召されてその尊信を得,さらに道教の統轄をまがされるまでになり,彼を継いだ尹志平,李志常のときには教線は江南にまで拡大した。そして当時同じく元王室と結びついて,江南道教を統轄していた正一教と道教界を2分し,この状況は明以後にも受け継がれる。初期の全真数は,新道教の一つとして,三教合一の思想に立脚し,かなり禅的な要素を取り入れて坐禅を重んじ,また符呪,金丹を排し,道士の出家主義をとるなど革新的な内容をもっていた。その簡素な教えは,動乱期の民衆に広く受け入れられたが,元の中期ごろから,北宋の張紫陽に始まる金丹道の教説が深く入りこみ,全真数は王重陽の系統である北宗と,張紫場を祖とする南宗とに区別されるようになった。