●禅譲・放伐 ぜんじょう・ぼうばつ
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中国史における易姓革命の2形式。易姓革命は王朝の交替を説明する政治学説であるが,交替にさいして前王朝が新王朝に政権を移譲する場合を禅譲,新王朝が前王朝を武力で打倒する場合を放伐という。禅譲の典型とされるのは,伝説上の聖天子?が実子丹朱を不肖として退け,民間出身の舜に譲位し,舜も実子をさしおいて禹(う)に譲位したという『書経』にみえる話であり,儒学者によって革命の理想形態とされた。なお,禅・譲はともに「ゆずる」という意味である。一方放伐は,殷の湯王が夏の桀王を討ち,周の武王が殷の紂王を滅したことが典型とされ,これも聖王の事蹟として是認された。禅譲による政権の奪取は,前漢末に王莽が試みたのを先駆とし,魏の文帝曹丕が後漢の献帝から譲位されて以降,南北朝・隋・唐・五代をへて,宋の太祖趙匡胤が後周の恭帝に代わるまで,十数回にわたって行われた。それ以後の王朝交替は,いずれも放伐の形式によっている。