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●禅宗様 ぜんしゅうよう

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 一般的に唐様(からよう)といわれている。鎌倉・室町時代,わが国に禅宗が伝えられると,禅僧たちによって中国宋元の文化がもたらされたが,とくに建築様式や水墨画など美術の様式において,従来わが同に伝えられていたものと異質であったので,これらの様式を“和様”に対して“禅宗様”あるいは“唐様”と呼んだのである。もちろんこれらの様式は宋風の模倣であるが,それらが日本人の趣向と洗練された技術によって,多少変様された面もあることは拒めない。

禅宗建築の特徴】鎌倉時代の禅寺にみられる“七堂伽藍”は代表的な唐様伽藍配置である。そのなかで中心に建っている“仏殿”について唐様の特色をみてみよう。まず,基壇の上に方五間(間は柱の間)の規模をもつものが多く,その場合,内部の露柱となっている方三間の部分だけ屋根が高く,外観が2階造の重層構造であるのが普通である。柱は円柱で柱脚に礎盤が置かれ,柱の上下は粽(ちまき)と呼ばれて端にゆくほど細くなっている。柱頭の肘木も下端が円弧である。出入口には桟唐戸を入れ,窓は火打窓を用い,欄間に立浪形連子を入れ,和様のように彩色をしなくても,充分変化にとむように工夫されている。内部の床は,切石あるいは瓦を四半敷と称してななめに敷き,天井の中央部は鏡天井であるのが普通である。中央の来迎柱の前に須弥壇を置き仏像を安置する。殿内後壁の左右に脇壇を設け,むかって左を祖師堂,右を土地堂とする。この二堂は元来翼堂として仏殿の東西に構えたものである。また須弥壇の背後に普庵像(ふあんぞう)を祀るのも古い伝承のようである。およそ以上のような唐様建築の特色は,14〜17世紀まで一貫して守られており,これほど厳重に同一形式を守る例は少ないといわれる。宋風建築のなかから取捨選択されたこの独自の様式が,よほど禅僧の趣好にあったのであろう。

宋風禅宗美術】鎌倉時代に禅林で祀られていた仏菩薩像には,多く宋より将来されたものがあり,わが国で製作されたものもまた手法において宋様の影響を受けたのである。仏画においても同様で,その特色は写実性に乏しい和様のそれに比して,きわめて職人的でこまかい文様や多彩な色彩に特徴があるとされる。禅宗のみにみられる画に“頂相(ちんそう)”と呼ばれる祖師の肖像画があるが,これは修行を終えた弟子に師の肖像を描かせ,これに師自身が賛をして印可の証明とするとともに弟子もこれを掛けて修行の励みにしたものである。頂相とともに禅林では“祖師像”と呼ばれる彫像が昭堂に祀られるが,これも宋風の影響であり,禅宗の特徴である。

墨蹟および水墨画】鎌倉時代にわが国に伝来した唐様漢字書道は,それまでの仮名書道にみられない書の様式であり,これがとくに禅僧の墨蹟として珍重された。墨蹟とは文字どおり墨の蹟であるが,それは単なる芸術作品ではなく,禅僧の悟境よりほとばしり出たものであり,修行者は師の墨蹟を掛けて修行の鞭策としたのである。一般の書においては書法・書格の技術が先決であるから形式が重視されるのに対し,禅僧の墨蹟では形式よりも機根が優先するので,そこには格外の趣きが現出する。墨蹟の内容は,偈頌(げじゅ,詩)・法語・疏・榜・像賛・問答語・印可状・道号・大字・安名・遺誡・祭文・願文・説文など多岐にわたるが,それらは単なる文芸的趣味の対象ではなく,深い宗教的指標としての意図をもったものである。“水墨画”は墨蹟に比べると余程技術を要するので,墨蹟ほどに一般化したわけではない。むしろ,画を描くことを得意とする禅僧のみが禅余の楽しみとして描いたものである。水墨画には詩賛を伴うのが普通であり,詩画ともに同一禅者によるもの,あるいは詩賛のみ有名な禅僧によるものなどがある。また図柄には,仏菩薩図・道釈人物図,あるいは禅掛図(祖師が大悟した契機を画いたもの)・禅会図(祖師が弟子を悟らせようとするのを主題とするもの)などがあり,また山水・花鳥・動物などを主題とするものもある。いずれにせよ,これら禅林の唐様文化がわが国の伝承文化に刺激を与え,新しい分野を拓いた意義は大きい。

〔参考文献〕『禅寺と石庭』(原色日本の美術10),『水墨画』(同11)1967〜70,小学館