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●洗骨 せんこつ

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 墓地で,ある期間経過した遺骨を取り出し,洗い清める改葬儀礼のことで,沖縄の葬制を特色づけるもの。その呼称にもいろいろあり,次の三つに分類できる。[1]清めを意味する呼称;シンクチ・アライン・ツラクナスン・カルクナスン・ツクリン・タマクチスン・ギレーユンなど。[2]移葬を意味する呼称;プニプルイ・トゥイウチ・クチゲー・フニウーユン・クッスガ・マタタビなど。[3]行事・儀式名よりおこった呼称;タナバタ(七夕)・バルジューコーなど。

【洗骨の手続き】洗骨を行う時期は地方によって,また家々によって一定していない。しかし,全島的にみた場合,ある時期に集中的に行われていることがわかる。次の2点がもっとも支配的である。[1]死者が出たときに洗骨する。沖縄の墓は,村墓・模合墓・門中墓・兄弟墓・家族墓など,いずれも共同使用なので,前の遺骸は処理しなければならない。ツルヒラシに安置された遺骸を移動させるわけで,このさいに単なる移動ではなく,多くは清めの手続きを踏んでやっている。死体が完全に白骨化しているのが前提であるが,たまたま期間が短く,十分に腐食していなくても必ず洗骨しなければならないとする地方がある。[2]白骨化を待って洗骨する。これは死者が出て,もし前の遺骸が新しい場合には墓を開けることはせず,仮墓をつくって葬るという地方が多い。ふつう1年未満だと洗骨しない。3〜7年のあいだに行うのが多い。久高島では12年に1度の寅年と定められていて一斉に行っている。時期的には旧暦7月7日の七夕の日に行うのが一般的慣習である。洗骨儀礼に参加する人々は親戚に限られ,実際に遺骨を清める人々は肉親の婦女子で,男子はそばで見守っている。洗い終わった遺骨は,再び墓堂奥深く安置する。そのさい,厨子甕に納める場合と,そのままばらで合葬する形態がある。戦後まもなく,沖縄本島では火葬が普及して洗骨の風習はすたれたが,周辺離島や宮古・八重山方面では依然として洗骨が行われている。

〔参考文献〕名嘉真宜勝ほか共著『沖縄奄美の葬送墓制』1979,明玄書房