●単于 ぜんう
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匈奴の最高君長に与えられた称号であるが,その語源は不明である。意味についても,たとえば『漢書』は「広大」の意であるとの一説を載せているが,いまだに定説がない。前3世紀後半に現れて匈奴をユーラシアの大国家に仕立てた冒頓単于の名によって一般に知られることばであり,匈奴への和親政策をとる漢が歴代の単于の嫁にと公主(天子の娘)を送ったことでも知られる。単于の地位は,最終的には匈奴の氏族長会議で決定されたが,事実上はその中核氏族であるランテイシ※注1※(虚連題氏とも書く)によって独占され世襲化された。匈奴の国家が崩壊したのち,魏晋政権は,鮮卑・氏・羌などの北方民族の族長に与える称号として「単于号]を用いた。しかし,柔然以降は最高君長を可汗と称するようになったため,単于号は使用されなくなった。なお,この可汗から「可」が脱落して使用されたのが,蒙古氏族の「汗(ハン)号」である。
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