●セルバンテス
ヨーロッパ スペイン AD1547 スペイン王国
1547〜1616 スペインの小説家。『ドン=キホーテ』の作者。マドリードに近いアルカラ=デ=エナーレスで貧しい外科医の7人兄弟の4番目として生まれた。父親が各地をわたり歩いたため正規の教育は受けていないが,マドリードではロペス=デ=オイヨスという二流のヒューマニストのもとで教えを受けた。1569年枢機卿アクアヴィヴァの従僕となりローマに行き,イタリアで多くのものを学んだ。その後スペインの軍隊に入り,1571年のレパントの海戦に参加,胸に傷を負い,左手の自由を失った。メッシナの病院で治療を終えたのち,1573年テュニスの遠征に参加した。1575年ドン=ファン=デ=アウストリアとセッサ公の推薦状をもって帰国の途中,乗っていた船が海賊に拿捕され,彼はアルジェで奴隷として売られた。5年後やっと自由の身となりマドリードに帰った。しかし望んだ地位や職を得ることができず文筆で身を立てようとし,1584年処女作の田園小説『ラ・ガラテーア』を出版した。その後演劇に関心を向け数編の戯曲を書いた。捕虜時代の体験も反映した『アルジェの取引』,ローマ時代の都市の英雄的抵抗を扱った『ラ・ヌマンシア』の2編が現存するが,この時代の文筆活動は成功を収めなかった。1584年自分より18歳も年下の金持ちの農民の娘カタリーナ=デ=サラサールと結婚したが,妻が彼の失敗と貧乏をきらうようになったので,文筆を捨て,1587年より,“無敵艦隊”の食糧徴発員をはじめいろいろな仕事についたが,1592年不正行為による罪で投獄。1597,1602年にも銀行の破産などで再度入獄し,役人生活も棒にふった。しかし窮乏生活のなかで書かれた『才智あふるる郷士ドン=キホーテ=デ=ラ=マンチャ』が1605年出版されるとたちまち世間の人気を得た。その出版の1カ月後,今度はある変死事件にまきこまれ一家全員が投獄されるという事件がおこったが,幸いこれは無罪となった。その後『模範小説集』(1613)・『パルナーソ山の旅』(1614)・『8編の新作喜劇と8編の幕間劇』(1615)・『ドン=キホーテ第2部』(1615)などを出版。『ペルシーレスとシヒスムンタ』は彼の死後1617年に出版された。1616年4月23日,シェークスピアとまった〈同じ日に没した。セルバンテスの名声を不朽のものにしたのは『ドン=キホーテ』である。騎士道の理想を実現しようとする狂気の騎士ドン=キホーテと現実的・世俗的な従士サンチョ=パンサの対照的な二人の人間の性格を掘り下げて描写した,近代小説の出発点として評価されている。
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