●セネカ
ヨーロッパ スペイン BC4
前4ごろ〜後65 古代ローマ帝政初期のストア学派の哲学者・政治家。スペインのコルドバ出身で裕福な騎士身分の次男として生まれる。幼時ローマに送られ,修辞学と哲学を学んだ。しばらくエジプトに滞在し,ローマに帰ってからは弁護士をへて官途に入り元老院議員になった。41年にコルシカ島に追放され,そこでやむなく文学に専念した。49年に文学上の名声のため呼び戻されて,のちの皇帝ネロの教師に任じられ,ついで執政官となって,その治世に大きな影響を与えた。ネロの暴政に危険を感じ,身の安全をはかって引退し(62),文筆に精進したが,65年ピソの謀反に加わった咎で,ネロにより自殺を強要された。彼は人間性にあふれた道徳的処世訓的な哲学を説いたが,意志が弱かったようで,自己の説くところと実際の行為とがしばしば著しく相反(富を軽んじながら蓄財し,追放されると嘆願書を書くといった具合)し,厳しい批判の的となっている。多作家で,論文集『対話編』12巻・書簡集『道徳的書簡』,若干の劇などが残っている。