50音順    検 索

●銭屋五兵衛 ぜにやごへえ

アジア 日本 AD1772 江戸時代

 1772〜1852(安永1〜嘉永5)江戸末期,加賀藩金沢城下町の外港宮腰町の海商。宮腰町に生まれ家業の醤油醸造・質商に従事していたが39歳のとき120石の古船を入手し,米の回漕を中心に松前(北海道)交易に従った。藩の御用商人となり,御用船を管理する御手船裁許役に任じられるなど,のち海の豪商と称されたもとをつくった。最盛期には2,500石積4艘,1,500石積6艘,1,000石積8艘,800石積2艘,500石積13艘,そのほか小船200余艘を有した。全国24港に支店を置き,168人の店員が活動した。1849年(嘉永3)藩から許可になった河北潟干拓をめぐり,潟への投毒事件をきっかけに投獄,財産を没収された。1852年(嘉永5)獄死,80歳であった。投獄の理由は巨商の抑制と没収財産を藩の赤字財政に補填するためであったという。

〔参考文献〕若林喜三郎『銭屋五兵衛』1957,創元社