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●摂津 せっつ

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 大阪府北部と兵庫県東部。旧国名で五畿内の一国。『延喜式』では上国。13郡のうち百済郡が消滅し12郡となる。もと凡河内国(おおしこうちのくに)に属し分離。国名は難波津(なにわづ)を管掌した役所摂津職(せっつしき)から由来。古代の難波宮(なにわのみや)址は戦後の発掘調査で上町台地の北部と判明。南北朝の内乱をへて室町期以後は細川氏が守護。1496年(明応5)蓮如は石山本願寺を設け寺内町を建設。織田信長は石山戦争で石山本願寺を開城させ,豊臣秀吉は同地に1583年(天正11)より大坂城の築城に着手し,畿内を直轄。徳川幕府は松平忠明を封じ1610年(元和5)から天領とし大坂城代を置く。国内に尼崎藩(4万石)・高槻藩(3万6,000石)・三田藩(3万6,000石)・麻田藩(1万石)が所在。菜種や木綿・米の豊かな生産地であり,酒造業が盛んで江戸へ送られ灘酒造業が独占的地位を占めた。大阪周辺に在郷町が発達し,淀川舟運や街道で相互間の流通が盛ん。明治期に入り暫定的に府県の廃合を繰り返し,猪名川以西の5郡は兵庫県に属し,残る7郡の摂津全域が大阪府に入った。