●説経節 せっきょうぶし
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日本の代表的な語り物芸能の一つ。「説経」とは,もとは経典を講じ,教義を説くことであったが,鎌倉時代には身ぶりや音楽的要素を加えて,しだいに芸能化の傾向を深め,中世末から近世初めにかけて,浄瑠璃とも影響しあい,説経節・説経浄瑠璃と呼ばれるようになった。やがて,寛永(1624〜1644)のころには,操り人形芝居とも結合して大いに流行した。初めは寺社の境内や大道で演じ,伴奏楽器も鉦鼓をたたき,簓(ささら)をすっていたが,やがて,浄瑠璃と同様三味線を用いるようになり,劇場で演じられるようになった。語り物の内容は,宗教的色彩の濃い本地物の形式をとることが多く,「山椒太夫」「小栗判官」「苅萱(かるかや)」「愛護若(あいごのわか)」「信太妻(しのだづま)」など,劇的効果をねらい,まま子いじめや親子夫婦の哀別離苦の物語が感動的に語られる。京都の日暮小太夫,大坂の説経与七郎,江戸の佐渡七太夫・天満八太夫などが著名。現在,新潟県佐渡などにわずかに残る。