●石器 せっき
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石で作られた道具。実用的なものを指し,岩偶や岩版・装飾品は含まない。人類が最初に利用したのが石器であり,最も古いものはアフリカのオルドゥヴァイ渓谷で発見され,その年代は175万年前とされている。もっともほかの物質,たとえば木や骨を素材とする道具があった可能性もないではないが,それらは腐敗しやすい性質をもっているので,現在では石灰岩洞窟とか湿地等の条件を満たしているところでなければその存在を確かめることはできない。一番原始的な石器は自然石をそのまま利用したものであるが,それが自然石とは異なる使用の痕跡や加工した跡を残していないかぎり,人工的な道具とは認められない。オルドゥヴァイの175万年前の石器とは,そうした意味で加工されたことが確実な最古の道具なのである。
そして金属器の使用開始とともに石器への依存度は低くなっていき,やがては姿を消してしまう。といっても北部を除くアフリカ太平洋の島々,そして極地方では,最近まで石器が使用されていたことがわかっている。これは地域によって,金属器を使う必要の度合が異ったためであろう。石器を主な利器として使用した時代は,人類の技術の中に占めるその位置によって,旧石器・中石器・新石器時代の三つに分けるのが一般的である。
【石材】石器の材料は,その目的によって異なっていた。鋭利さが必要とされる種類の石器は,フリントや黒曜石・頁岩・チャート玄武岩・安山岩が用いられている。これらの岩石は緻密で硬く,かつ脆くて割れ面が貝殻状をなし,鋭いエッジを容易に作り出すことができる。また丈夫さを要求される種類の石器は,粘板岩や砂岩でつくられている。これらの岩石はあまり鋭い割れ方をしないが,脆くはないので石斧のように衝撃が加わる道具に適している。特にフリントや黒曜石は石器の材料として好まれ,産地から遠く離れた遺跡から発見されることも多く広い範囲で交易が行われていたことを物語っている。
【加工技術】石器を加工する方法は,打ち欠く方法(打製石器)と研磨する方法(磨製石器)の二つに大きく分けられ,前者はさらに,石塊に直接衝撃を与える方法,石塊にパンチをあてて衝撃を与える方法,石塊にゆっくりと力を加える方法の三つに分けられる。旧・中石器時代は主に打ち欠いて石器をつくり,研磨する方法は局部磨製石斧にみられる程度で一般的ではなかったが,新石器時代にはその関係は逆転し,徐々に磨製石器の比重は高くなっていった。
石塊に直接衝撃を与える方法には,直接打法・台石打法・円頭打法・二極打法の四つがある。直接打法とは,手にもった石塊のヘリをやや長めの礫で叩くやり方で,台石打法とは,石塊のヘリが地面に置かれた台石の尖ったかどにあたるように,手で石塊をもって叩きつける方法である。こうしてできる割れ目は強い曲面となる。円頭打法は,細長い木や骨を利用して石塊のヘリを叩くやり方で,衝撃が木や骨に吸収されるために礫で叩くときよりもゆるやかに力が加わり,凹凸がひどくない割れ目ができる。二極打法は台石の上に石塊を置いて,そのヘリを礫で叩く方法である。石塊に加えられた衝撃は台石にあたって反射し,再び石塊に作用するために,相対する二つの方向から同時に割れ始めることも少なくない(二極剥片)。石塊にパンチをあてて衝撃を与える方法は間接打法と呼ばれる。両足で石塊をはさんで片方の手でパンチを石塊にあて,もう片方の手にもった礫で叩くやり方と,二人が石塊を手でおさえ,別の一人がパンチをあてて叩くやり方,一人が台の上にパンチを立てて石塊のヘリをそれにあて,もう一人がやわらかい木や骨で石塊を叩くやり方などがある。パンチには木や骨が用いられ,円頭打法と同じ理由から,礫で直接叩くときよりも平らな割れ目ができる。間接打法の利点は加撃点をコントロールできることで,縁辺から離れすぎたところを叩いたために割れない,という失敗がない。石塊にゆっくりと力を加える方法には,押圧剥離と胸圧法とがある。押圧剥離は細かな加工をする際に採られるやり方で,皮等にくるんだ剥片を片手にもち,もう片方の手にもった角等の尖端を剥片の縁辺に押しあてるものである。胸圧法は木や骨を組み合わせたT字形の加圧具の平らな方を胸にあて,尖った方を足で固定した石塊のヘリにあてて,体重を利用して力を加えるやり方である。これらの方法によってできる割れ目は最も平担で,結果として残る縁辺より直線に近くなる。
石を打ち欠いてできるかけらを剥片,割れ目を剥離面,打ち欠かれたものを石核と呼ぶ。剥片の方の剥離面は凸形で,加撃点を中心に衝撃の伝わり方を示す同心円状のリングと放射状のフィッシャーがみられる。また加撃点付近が剥離面の中では最も高まっており,これをバルブという。石核の方の剥離面は凹形で,剥片と合致する。加撃点に加わる力が急激で大きいほど,凹凸が激しく平面形が円に近い剥離面ができ,加わる力がある程度ゆっくりした方がより平坦で広くのびた剥離面ができる。もちろんどれか一つの方法だけで石器ができるわけではなく,礫の荒割りには直接打法や台石打法,剥片を得るには円頭打法や二極打法・間接打法・胸圧法,細やかな加工には押圧剥離,といった具合に製作工程に応じた方法が用いられたと考えられる。しかし,直接打法だけでも工夫をすると細部調整が可能となるので,一概にはいえない。剥離面は時代が新しくなるにつれて平坦で細長いものと,平坦で広いものとが多くなる傾向がある。
なお打ち欠く方法を広義に解釈すると含まれる方法に,敲打法がある。これは打ち欠くというよりは石塊の表面をコツコツと叩き潰すやりかたで,石斧などの調整に用いられ,研磨調整の前段階として大きな役割を果たしたと考えられる。
打製に対する磨製技術は,石塊を荒割りしてから打ち欠いて全体の形を整え,敲打法によって表向をほぼ平らにしてから砂岩や泥岩製の砥石で研磨する方法と,擦り切り法と呼ばれる方法とがある。擦り切り法はまず,扁平な礫を磨いて全体の形を作り,砂岩等の石鋸で溝を深くするようにして擦り切ってから側面と刃部を研磨する方法である。このときには,金剛砂が研磨材として利用されたと考えられている。
磨製技術の特殊なものに,穿孔技術がある,これは研磨材と錐を用いる方法で,錐を手で回転させるやりかたと,弓を使って回転させる舞鑚法とがある。研磨材の知識という点で穿孔技術と擦り切り法は強い関連をもつとみられている。
【石器の分類】石器の種類は非常に多く,製作方法によって分けることもできるし,石器自体の形によって分けることもできる。もちろん機能別・目的別に分けることもできそうである。しかし,実際には,製作方法と形との組み合わせで石器を分類している。なぜならば石器の機能・目的は形や大きさから想像することは簡単だが証明することがむずかしい。どの石器も,何にでも使えるというほどではないが,複数の働きをした可能性をもっているからである。
遺跡で発見される石製の遺物は,石器すなわち実用の道具と,それを製作するときにできる副産物とに分けられる。副産物とは石核と利用されなかった剥片である。石核は欲しい剥片を手に入れるためのさまざまな工夫の結果であり,その手順に地域差や時代差が現れる。比較的広い範囲で発見されているものに,ルヴァロワ技法・石刃技法・ヴィクトリア=ウエスト技法・瀬戸内技法がある。ルヴァロワ技法は中期旧石器時代にヨーロッパからアフリカにかけて行われた,亀甲形の石核から三角形の剥片を得る方法で,その剥片はルヴァロワ型の尖頭器やラクロワール(削る道具の一種)の素材として用いられた。石刃技法は後期旧石器時代に汎世界的に行われ,まず石塊に平らな剥離面をつくり,そこに加撃して細長い剥片(石刃)を得る方法である。間接打法や胸圧法の発明がこのやり方の背景にあり,こうして得られた石刃は種々の規格的な石器を産んだ。旧石器時代から中石器時代になるにつれて石器は細石器化していくが,その素材となる石刃も小さくなる。石核は,石刃石核をそのまま小形にした円筒形・円錐形のものと,楔形のものがある。楔形細石刃核はアジア大陸の東部からアラスカにかけて分布し,地域や年代による差が著しい。ヴィクトリア=ウエスト技法と瀬戸内技法は,加撃方向の長さに比べて幅の方が大きい,横長の剥片を得る方法である。前者は,アフリカの中・南部で前期旧石器時代に行われ,ルヴァロワ技法と関係がある。後者は西日本を中心に旧石器時代に行われ,特定の石材(サヌカイト)を用いていることが多い。
もう一方の石器は,加工をしていないものとしてあるものとに分けられる。加工のない石器としては,剥片を剥離する際に用いられる礫(ハンマー=ストーン)や台石,円礫の一部に擦れた痕跡のあるもの(磨石),扁平な石の中央に凹みのあるもの(凹石)・砥石などがあげられる。加工された石器はその加工技術によって,打製石器と磨製石器の二つに分けられる。打製石器はさらに石塊を打ち欠いてつくられた石核石器と,剥片を素材にしてつくられた剥片石器とに分けられる。石核石器には,礫の一部分を打ち欠いただけのチョッパー・チョピントゥール(礫器),礫の両面を剥離痕で覆われた握斧・石斧,小さな礫に抉りをいれた石錘,敲打法による石棒などが含まれる。剥片石器には,一端を尖らせた尖頭器や石槍・石銛・石鏃・石錐・石刃の縁辺に急角度の刃潰しを施したバックド=ブレード及びナイフ形石器,不整形なものも含めた剥片の縁辺に加工したスクレイパー,細長い紐状の剥離面をもつ彫器,両画を平坦な剥離痕で覆われた箆状石器や植刃,つまみのついた石匙,ギザギザの縁辺を付けられた石鋸などが含まれる。磨製石器も同様に石核石器と剥片石器とに分けられるが,大部分は石核石器である。その中には,一部分あるいは全面を磨いた石鏃・局部磨製石斧や磨製石斧,扁平な礫の中央に溝状のあるいは全体的な凹みをもつ石皿・磨石,金属器を模した石剣・石刀・青龍刀石器・石戈,石臼と石杵・石包丁などが含まれる。これらの列挙した石器類のほかにも,非実用的な性格が強いと考えられる遺物や装身具が遺跡から出土する。
製作方法と形によって分類された石器は,一つ一つのカテゴリーの中で,さらに小さなまとまりを示す。その境界は,加工部位の差や外形・断面形・加工痕の形態的な特徴,石器製作の手順などによって引かれる。そしてそれらのまとまりが時間的・空間的に限定された分布を示すとき,ある特定の人間集団の文化を反映するものと認定され,それらの消長をみることで人間の移動や関係がわかるのである。
【時間的な変化】石器の特徴は地域によっていろいろだが,時の流れに沿って変化していく石器の様相には,地域差を超えて共通するところもある。最初に現れるのが石核石器で,一部分だけ加工された礫器,次いでほぼ全面が加工されて石器の形が整えられた握斧が現れた。中期旧石器時代になると剥片石器が出現する。その初期に特徴的なのが,ルヴァロワ技法である。それはやがて,石刃技法に裏づけられた,石刃を素材とする剥片石器群に変わっていく。と同時に一端が尖った尖頭器は,剥片の縁辺に浅い加工を施したものや全面を平担な剥離痕が覆うものなど,バラエティ豊かになる。尖頭器の次には,細石器が盛んにつくられるようになる。この時代は漁撈活動をしていたことを示す遺跡が増える時期でもある。やがて環境変化に促されて森林への適応が進み,石斧が多くなり,磨製技術が発達した。このころ食生活の大きな変化があったことが,石皿や磨石の急増からわかる。これが新石器時代である。そして人類は金属を利用することを知り,徐々に石器は金属器に置き換えられて,金属器を模倣したものとか装飾品・砥石などを除くと,ほとんど姿を消してしまう。
こうした石器群の変花は,決して画一的なものではなく,たとえば金属器と石刃とが同じ時代に使用されていた場合もあるように,地域的な事情がつねにつきまとう。そこで次に,握斧・尖頭器や石鏃などの刺突具,組み合わせ道具としての細石器・植刃,農耕・伐栽具としての石斧のそれぞれについて,地域色を見てみよう。
【握斧】握斧は万能石器と考えられる,前期旧石器時代を代表する遺物である。その分布はアフリカからヨーロッパ大陸にかけてで,先行する礫器から握斧への移行は,アフリカのオルドゥヴァイ渓谷で確かめられている。それ以外のアジア大陸の大部分では,握斧そのものがないというのではないが少数で,礫器を主体とした石器群と見た方がよい。またヨーロッパ北部には,剥片に簡単な加工を施した石器群があるが,握斧を中心とする石器群と対立する独立した文化なのが,地方的な現れ方をしたものなのか,いろいろと意見が分かれている。
【狩猟具】狩猟用の刺突具には,尖頭器・石槍・石銛・石鏃・細石器・石刃鏃がある。尖頭器とは一端が尖っている石器のことで,中期旧石器時代にアフリカからヨーロッパにかけてつくられた,ルヴァロワ技法による三角形の剥片に加工したものが最初である。後期旧石器時代になると,石刃の縁辺に部分的に急角度の加工を施したものが盛んにつくられる。フランス・スペインから北欧にかけて分布するグラヴェット型尖頭器,後期旧石器時代の中ごろにフランス・スペインに分布するポワン=タ=クラン(有肩尖頭器),北アフリカに分布し,ルヴァロワ技法の影響が残る剥片に簡単な柄をつけたアナール型尖頭器などがその代表例である。日本でも同様の石器があり,ナイフ形石器と呼ばれる。また両面を加工した尖頭器も後期旧石器時代の中ごろから数を増し,木葉形・柳葉形などのみごとなものがつくられた。一方アメリカ大陸の大平原では押圧剥離で両面を加工された尖頭器によって特徴づけられる文化が広がっていた。全体の形は木葉形で基部が凹んでおり,その表面に浅い溝が剥離によってつくり出されている。その最も精巧なものは,フォルサム型尖頭器と呼ばれる。
尖頭器と石槍・石鈷・石鏃との区別は明らかではなく,長さが5cm以下のものを矢尻であった可能性が高いと見て石鏃と呼ぶが,あとは慣習的に分けているにすぎない。石鏃は世界中にあって,形が多種多様なために抉りの有無や,基部が直線状か凹んでいるか柄がつくり出されているかなどによって分類ができ,細かな地方色を反映していることがある。特徴な石鏃としては,直剪鏃と石刃鏃があげられる。直剪鏃は,細石器の中の台形のものから変化したもので,西アジアからヨーロッパで新石器時代の初めに現れた。石刃鏃は中石器時代から新石器時代の初頭に,アジアの極東地域から北海道にかけて現れた。石刃に簡単な2次加工を施したものである。なお,石鏃は一般的には打製であるが,日本では弥生時代になると磨製のものも見られる。
尖頭器あるいは石槍から石鏃への移行は,弓矢の発生とかかわる重要な問題である。移行の時期はヨーロッパでは中石器時代,日本では縄文時代となる。弓は,その長さやつくりによっていくつかのタイプがあるが,日本の弓は丸木づくりの直弓で,長弓・短弓の両方存在した。
【組み合わせる道具】細石器時代に盛んにつくられ,幅1〜1.5cm以下,長さが5cm以下のものをさす。素材は普通は小形石刃を用い,幾何学形細石器と呼ばれる台形・三角形・菱形・半月形のもの,樋状の彫刀面をつくってあるミクロ=ビュラン,縁辺に急角度の加工を加えたバックド=ブレードなどの種類がある。これらの小形の石器は単独で用いられたのではなくて,木や骨に溝を切り(植刃器),そこにはめこんでアスファルトなどで接着した,組み合わせ道具であった。こうすると,一部の刃が使えなくなっても容易に取り替えることができる。細石器は世界の各地で発見されており,どこか一つの地域で発見されて周辺に伝わったとするよりも,複数の地域でそれぞれ内部発展的にできあがったものと見た方がよいであろう。日本の細石器文化は,九州を中心に分布する台形石器以外に幾何学形細石器らしいものはなく,むしろ細石刃文化といっているほどに細石刃が主体である。細石刃は,円筒形や円錐形および楔形の石核から剥がされ,とくに楔形細石刃核は最終的な細石刃剥離までにかなりの手間がかかったものである。それと同じものはシベリアや中国にも分布し,3万年以上も前に逆上ることがわかっている。楔形細石刃石核にはいくつかの型があり,年代別にその分布をみると,アジア大陸の奥部からしだいに東に広がり,アラスカを経由して北米大陸へ,樺太を経由して北海道へ,中国を南下して西日本へと,その拡散の様子を知ることがてきる。またシベリアでは植刃器にはめこまれたのは細石刃だけではなく,両面を加工した長方形の石器も組み合わせ道具として利用され,これは植刃と呼ばれている。
【石斧】氷河期が終わると森林の範囲が徐々に拡大してきたため,森林を切りひらく道具が必要となった。中石器時代に石斧の祖型となるものが現れ,やがて刃部だけを研磨した局部磨製石斧をつくる段階をへて,全面を研磨した石斧がつくられるにいたった。石斧は,柄に刃が直交するようにとりつけられる手斧と,柄に平行するようにとりつげられる斧の二つに大別される。前者は縦断面をみると刃先が左か右のどちらかに偏る片刃で,後者は刃先が縦断面のほぼ中央にくる両刃のものが多い。磨製石斧は主に木を切り倒すときに用いられ,打製石斧は上を掘り起こすときに用いられた。また新石器文化が発展していくに従って,戦闘用の石斧もつくり始められ,金属器を使用するようになってからも,金属製の斧を模したものがつくられた。 石斧は片刃・両刃の区別のほかに,柄を着けるための工夫から生じたさまざまの形によって細かく分けられる。柄を通すための穴があいている有孔石斧はヨーロッパ東南部・中国に見られる。靴をつくる時の型に似ている靴型石斧は,分厚くて長く,ドナウ川の流域に分布する。これとよく似た名前の石製靴形斧は,靴の形に似た銅斧をまねたもので,中国南部から東南アジアに広がる。バイカル湖周辺には擦切技法による擦切石斧があり,日本にも伝わっている。アメリカ大陸では,柄を装着するために胴部に溝をつけた,グルーヴド=アックスが特徴的である。
日本では縄文時代には,東北日本に分布した擦切石斧のほかに,断面が楕円形になる乳棒状磨製石斧,側両と頭部が研磨されて断面が隅丸長方形になる定角式磨製石斧,側縁が凹んだ分銅形打製石斧などが用いられていた。弥生時代になると,農耕の技術とともに大陸系磨製石斧がもたらされた。すなわち,太形蛤刃石斧・桂状片刃石斧である。このうちの柱状片刃石斧は,胴部に抉りのあるものとないものがあり,前者は中国南部からオセアニアにかけて分布する有段石斧などと近い関係にある。また中国南部からインドシナにかけては,取りつけ用の細い舌をつくり出した有肩石斧が分布し,フィリピンやボルネオからメラネシア・ニュージーランドにかけては,日本の乳棒状石斧もその範疇に入れる円筒石斧が分布している。
これまで述べてきたいろいろな名称や分布域は,きわめて図式的なものである。細かく見ていけばもっと石器の種類は増えるし,石器の加工技術にしてもさまざまな工夫のあることが民族誌調査からわかっている。時代区分も,たとえば北アメリカでは石期・古期・形成期と表現され,インドでは早期・中期・晩期石器時代および初期農耕文化・インダス都市文明に分けられており,それらを1対1に対応させることはむずかしい。現実にある石器群の様相は複雑である。
〔参考文献〕麻生・加藤・藤本『日本の旧石器文化−日本周辺の旧石器文化』雄山閣 1976,
Don E.Dumond,小谷凱宣訳『ツンドラの古代人』1982,学生社