●石核石器 せっかくせっき
AD
石器の素材がどのようなものであるかによって,二つの系統に分類することができる。石器の素材を,石を打ち欠いていったなかの部分(石核)を利用しているのか,打ち欠いて得られた石片(剥片)を使っているのかによって,石核石器と剥片石器が区別される。また石核石器は1個の原石の芯(核)以外の不要な部分を取り除き,1個の石器に仕上げるものであるが,剥片石器は1個の原石から数個あるいはより多くの石片にし,複数の石器をつくることができる。石核石器には,人類最古の道具である猿人の礫器,原人の握斧などがよく知られている。ヨーロッパの下部旧石器時代(前期旧石器時代)の石器群は礫器を主体としたものである。この系統に属する文化としてはアブヴィール文化・アシュール文化などがある。この文化はヨーロッパからアフリカ・インドにかけての地帯にまたがって分布している。モビウスは,これに対して東アジアの下部旧石器時代は,片刃の礫器=チョッパーと両刃の礫器=チョッピングトゥールの文化圏であったとした。これに属するものとしては,パキスタンの前期ソーアン文化・ビルマの前期のアニヤト文化・マレー半島のタンパン文化・ジャワのパジタン文化・中国の周口店文化などがそれにあたる。彼はこの礫器文化圏が,先の握斧文化圏に対するものであるとしている。
これに対し,ボリコフスキーは,北ヴェトナムのドー山文化にはチョッパーとチョッピングトゥールとともに握斧(ハンドアックス)がみられることに加え,クラクトン文化的な剥片やルヴァロア剥片も検出することから,アジアの下部旧石器文化に対して新しい見解を示した。すなわち,握斧文化・礫器文化として分けて捉えることで下部旧石器文化を理解するのではなく,アジアの下部旧石器文化はチョッパー・チョッピングトゥールの単純なものではなく,ハンドアックスも加わっていると考えたのである。
しかし,アジア地域の石核石器はやはり礫器が卓越していることは否定できない。中国のアン※注1※河・丁村ではチョッパー・チョッピングトゥールとハンドアックスが混合した文化であり,周口店第1地点や峙谷のものはハンドアックスのみられない文化である。アジアの石核石器は,このように礫器を中心としてモザイク状に展開して,下部旧石器時代を形成する道具となっていたのである。
石核石器は,剥片石器に比して重量のある大型の石器とすることもできる。武器となったりするほか,樹木を伐採したり,地面を掘るといった,基本的に力仕事にかかわる道具にあてられている石器である。
日本の先土器時代は,世界史的には,上部旧石器時代にほぼ属するものといえる。上部旧石器時代の石器群は,大きくとらえるならば,多様に器種分化した剥片石器が発達した文化であると理解してよいだろう。当然,先土器時代の石器は剥片石器が中心となっているのである。しかし,先土器時代の第一段階の石器祥は,比較的大形で粗雑な技術によってもたらされた剥片を素材とする握器や削器に,チョッパー・チョッピングトゥール・石斧といった石核石器が加わったものであった。
わが国で最初に確認された先土器文化の遺跡,岩宿追跡の第1文化の石器などはこの系統のものであるが,こうした石器群の性格は,中部ないし下部石器時代的なものに系譜的なつながりが考えられる。この結論は,より古い文化の確認などをまってなされることであろう。
新石器時代に並行するとされる縄文時代にも,たとえば打製石斧などは石塊を利用したものである。こうした素材を打ち整えて形をつくったものも広義には石核石器と呼ぶことができるとする者もいる。
![]()