●石勒 せきろく
アジア 中華人民共和国 AD274 晋
274〜333(西晋・泰始10〜後趙・建平4)中国五胡十六国時代の後趙政権の建国者(在位319〜333)。初名はハイ※注1※,字は世龍。廟号は高祖,諡号は明帝。上党郡武郷県(山西省武郷県)の遊牧民の羯族の出身。羯族は漢人社会のなかで圧迫され,困窮した生活を送っていた。加えて,4世紀初め華北をおそった大飢饉により流浪生活を余儀なくされた。石勒もその途中で軍隊に捕えられ漢人の奴隷となった。解放ののち八王の乱による華北の混乱に乗じ群盗の首領となり,姓名を石勒に改めた。その後,劉淵(?〜310)の漢に帰属し,部将とした山東・河南を攻略した。319年,劉淵の子劉曜が長安に前趙政権を樹立すると,石勒は自立して後趙政権を建て,華北は東西に二分された。329年には前趙を滅ぼして330年に皇帝の位につき,匈奴による華北統一を完成。後趙は河北の襄国を都とした。死後,一族のあいだに内紛がおこり,国家は解体した。
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