●石塁 せきるい
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石で構築されたとりでのことをいう。源平争乱のころは,土を叩いた土塁をもってもっぱら防衛の陣地としたが,のちにこれに木柵をめぐらし逆茂木を植えた。1271年(文永8)蒙古の日本来襲のとき,蒙古軍の石火矢の使用によって防塁の構造を見直す必要に迫られた幕府は,近国の御家人に命じて石をもって防塁を築かせた。古来日本では,石の築地は信仰によって社寺以外はもっぱらタブーとされて来たが,450年武烈天皇のとき,城郭に石が用いられた。のち久しくこれをみなかったが1278〜87年の弘安年間に北条時宗が筑前国(福岡)の海浜一帯に石塁を構築した。この「元寇防塁」によって石塁は軍事に用いられるようになった。この石塁は,その規模の大きさによって知られるが,のち室町・戦国・江戸期の築城の石垣の嚆矢となった。〔参考文献〕『日本城郭史』『日本の石垣』
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