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●赤眉の乱 せきびのらん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,新の王朝末期におこった大農民反乱。新の王莽の政策は,復古主義的理想にもとづくもので,内政外交ともに失敗を重ねたため,豪族の反抗と農民反乱が続出した。そのなかで,18年(天鳳5)山東省キョケン※注1※に挙兵した樊崇らは,眉を朱で染めて集団の目印とした。この朱(赤)は五行思想にもとづく漢室の色であり,王莽打倒・漢室復興という目標を示すものであった。赤眉の徒党は,窮民を吸収し十数万の大集団となり,王莽政権を揺がせ,各地の豪族を自立割拠させることとなった。この結果,南陽族集団は,劉秀(のちの後漢光武帝)をたてて挙兵し,23年(更始1)新を滅ぼした。赤眉集団は,漢室の一族とされる劉盆子を皇帝として長安を攻めおとしたが,食料不足と統制紊乱のため長安を撤退し故郷山東に戻ろうとした途上,劉秀軍に襲われ宜陽で投降し消滅した。

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