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●関銭 せきせん

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 中世において,関津泊渡を通過する人・馬・船から徴収する銭の総称である。古代にもみられるが,盛んになるのは平安末・鎌倉初期以降である。古代の関が社寺に寄進されたり,あるいは社寺・武士が新関を構えたりして,関銭を徴収するようになった。当初は交通施設の建築費用にあてるのが目的であったが,しだいに利権化して,南北朝時代以降は新関が各地につくられるようになる。渡賃・渡銭・関料・関手・関賃・勘過料・津料・津役など呼称が多様であり(29種),そのこと自体関銭徴収の盛んなことを示している。徴収額は,船の場合は1艘何貫とか,あるいは積載量に応じてかけられた(米の場合は1石につき1升が多い)。陸上の場合は,人・馬ごとにかけられ,甲斐国追分宿関所では室町時代に,人は3文,馬は5文であった(相州文書鎌倉郡二,寶戒寺文書)。交通上の要衝に設けられた関は,商品流通のいっそうの活発化で桎梏となり,戦国大名・統一政権によって廃止された。

〔参考文献〕相田二郎『中世の関所』1972復刻,有峰書店