●世界人権宣言 せかいじんけんせんげん
AD1948
基本的人権を保障することは,世界における自由・正義および平和の基礎であるとの考えから,国際連合は1948年の第3回総会においてこの宣言を採択し(12月15日),すべての国民,すべての国家が達成すべき人権の共通の標準とした。この宣言の淵源は,アメリカ合衆国独立宣言やフランス人権宣言に求めることができる。世界人権宣言は,法的な拘束力はもっていないが,国連総会で加盟国に承認されることにより,国際的な普遍性と道義性をもつと考えられる。第二次世界大戦中に,アメリカ合衆国大統領ルーズヴェルトは,1941年1月,その議会教書で「四つの自由」,すなわち,言論および発表の自由・礼拝の自由・欠乏からの自由・恐怖からの自由を唱えた。このような基本構想が,1941年8月の大西洋憲章,翌年1月の連合国共同宣言などをへて,国際連合憲章にみられる人権条項(前文・1条3項・13条1項b・55条・56条・62条2項・68条・73条・76条c)となったのである。同憲章は,経済社会理事会のもとに,人権の伸張に関する委員会を設置することを規定した(第68条)が,なお種々の準備段階を要し,1946年9〜10月の同理事会第3会期において,人権委員会が任命されるにいたった。この委員会のとくに重要な任務は,国際人権章典章案と世界人権宣言草案の作成であった。同委員会は,その第3会期(1948年5〜6月)において世界人権宣言の確定案を完成した。これが,経済社会理事会の討議をへて,最終的に国際総会で採択されたのである。国際人権章典は,その時期の東西両陣営の見解の対立によって成立しえなかった。しかし,それはその後,1966年の第21回国連総会において,国際人権規約の採択という形で,一応の結実をみたのである。世界人権宣言の内容は,各国の憲法や権利章典・刑事法・労働法,その他の国内法と軌を一にしているところが多い。しかし,宣言は,そのような共通事項のほかに,世界的な宣言として,特殊事項を含めているのである。【宣言の内容】宣言の内容は,およそ三つに分けることができる。第1は,第1条から第21条までで,自由権・参政権について規定している。第2は,第22条から第27条までであり,生存権を中心とする社会的・経済的・文化的な権利をかかげている。とくに教育に関しては,第26条が,教育を受ける権利,初等教育の無償制と義務制,技術教育と職業教育の門戸開放,高等教育の機会均等,教育の目的,親の権利などを規定している。第3は,第28条以降のもので,人権享有の一般原則を示しているが,とくに第29条と第30条が社会に対する義務,他人の権利・自由の尊重など基本的人権の限界を認めていることが注目されよう。世界人権宣言は,上記のほか,国際的見地に立って特別の規定を設けている。その第1は,〈なんぴとも,迫害からの保護を他国に求める権利(亡命者に対する庇護権)を保障されているけれども,国際連合の目的および原則に反する行為で訴追された者に対しては,この保護を与えないこと〉としている点である(第14条第2項。同じ条項において,政治犯ではない犯罪,すなわち窃盗・殺人・放火など,ふつうの刑法上の犯罪を,保護から除外している)。第2は,〈なんぴとも,宣言に示されている権利や自由が,完全に実現されうる社会的および国際的な秩序を享有する権利を保障している〉(第28条)ことである。しかしながら,このことは,世界の現状では期待にすぎないともいえよう。第3は,〈宣言の自由は,絶対に国際連合の目的と原則に反して行使してはならない〉(第29条第3項)としていることである。これは,第1において指摘した主旨にもとづいているわけである。世界人権宣言は法的拘束力をもたないにしても,その道義的意義は大きく,わが国もサンフランシスコ講和条約(1951)において,宣言の目的を実現するよう努力すると誓っている(前文)。