50音順    検 索

●世界史 せかいし

AD 

 全世界の歴史を記述したり,世界を視点とした歴史思考をいう。世界史の記述と世界史的認識のあいだにも大きな差があるが,世界史記述だけをとりあげてみても,地球を世界と考え,あらゆる地域をもりこむべきか,また,諸事項のあいだの関連性をもたせて,一元的・統一的に述べるためには,どのような原理を必要とするかといった難題が多い。

【世界の意識】ヘロドトスは同時代的なペルシア戦争を『歴史』に著したが,ギリシアとペルシアという二つの民族が,いかなる理由で戦うにいたったかを述べると,最初の部分でいっている。ギリシア人の考えた世界は,ギリシア人とギリシア語の通じないバルバロイの二つに分けられていたから,ギリシア人とバルバロイであるペルシア人との戦いは,ヘロドトスにとっては世界の戦争であったともいえる。実際,ヘロドトスは,ナイル川の中流や小アジアといった,当時としては世界であった地域を調査のために歩いている。砂漠や田舎の生活は連帯感をもちやすく,遊牧生活を送っている連帯感の強い集団は都市に根拠を置く国家を征服するが,それがまた都市化するとして,文明と素朴生活の関係を哲学的に考察したイブン=ハルドゥーンの『歴史序説』にしても,北アフリカからアラビア半島にいたるイスラーム世界の範囲で考えていた。このように,別の陸地があることは知っていても,地理的世界とは別に,歴史的世界があり,自国または特定個人を中心にした世界が考えられたのはやむをえない。西洋中世では,超時間的な世界史が考えられるが,この世界もキリスト教による神の世界をいうのであって,例外ではない。

啓蒙思想啓蒙思想は一種の反歴史思想といえる面をもっていたが,啓蒙思想家のなかには,世界各地に存在する民族の個性やさまざまな文明の価値を認めたり,人間一般を進歩論でとらえたりするものが現れ,それまで,ヨーロッパに限定されていた歴史対象を拡大した。それらは実証研究に裏づけされていないので,誤りは多く,異国趣味の域を出ないが,歴史の眼をひろげ,文化史や比較史といった,世界史を考える上で不可欠の方法を導くことになった。ボシュエの『世界史論』に対抗して書いたといわれるヴォルテールの『諸国民の習俗と精神に関する試論』・コンドルセの『人間精神進歩の歴史』などがその実例である。ヘルダーの『人間史の哲学への理念』は人間性,民族性は重んじながら,啓蒙主義的画一性を排して,啓蒙主義を超えているが,啓蒙思想なしには生まれなかった。

【個別史の隆盛】19世紀はドイツを中心に,歴史の世紀といわれるほど歴史学が発達した。反面,専門化した学問になった歴史学は,世界史を理念的・哲学的なものとし,特殊史を職人的に探究する傾向が強まった。ランケは確かに『世界史』を晩年の成果として,書きはじめているが,内容はラテン風・ゲルマン風諸民族史である。20世紀に入ってからも,世界史は出版されたが,一国史の寄せ集めや問題別叢書の形か,時代や地域ごとにまとめたものである。『ケンブリッジ古代・中世・近代史』や『プロピリエン世界史』がそれで,ヨーロッパ中心主義であり,かつ,相互関連に乏しく,政治史に比重がかかっている。

【世界史の再考】第二次世界大戦後,ヨーロッパの地位は著しく低下した。代わってアメリカ・ソ連が指導性をもつようになり,アジア・アフリカ・イベロ=アメリカの動向が脚光をあびてきた。この現実が歴史を世界史的に考えさせるようにしてきた。具体的には,現代史を重視して,現代がどのようにして成り立ってきたかをみる,いわば,現代史から歴史をみる方法であってみたり,戦争や政治の歴史よりも,民衆の生活に根ざした経済史やそれぞれの文明の価値や起源を尊重し,そこから,人類一般に迫る方法(文化人類学や民俗学の重視)である。しかし,何よりも,歴史現象を世界史的にとらえる視点が必要になってくる。換言すれば,歴史認識の問題になってくる。世界の現状は世界史の必要は認めながら,成果としては十分でなく,むしろ,高等学校の「社会科」の科目として出発した日本の「世界史」も,改善されながら,欠点をもっている。