●セヴァストーポリの戦い セヴァストーポリのたたかい
AD1854
1854〜56年のクリミア戦争のなかの大激戦。349日にのぼる籠城戦ののち,ロシア軍が1855年9月に敗北した。セヴァストーポリはロシア領黒海北岸のクリミア半島先端の軍港。1854年9月に英仏土の連合軍5万7,000はセヴァストーポリ北方10kmのエフパトリアに上陸,メンシコフ将軍指揮下のロシア軍5万はアルマの戦いののち,セヴァストーポリの要塞に立てこもった。バラクラヴァの戦いで優位に立ったロシア軍はインケルマンの戦いで敗退したが,11月にハリケーンが連合軍の船舶30隻を大破させ,戦線は膠着状態に陥り,コレラと厳寒の“クリミアの冬”が訪れた。しかし1855年1月のサルジニアの参戦は連合軍を勇気づけた。5月末に連合軍はアゾフ海へ入り,東側からセヴァストーポリを攻撃,ついに9月9日にゴルチャコフ将軍はロシア軍をセヴァストーポリから北方に撤退させた。トルストイは『セヴァストーポリ物語』を書いて籠城戦の模様を伝えた。