●清和源氏 せいわげんじ
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清和天皇から出た源氏で,清和天皇の孫経基王から始まる。武士の棟梁として清和源氏の名が高まってくるのは,経基の子満仲以後である。源満仲は,安和の変で源高明を密告して失脚させてから藤原氏に用いられ,清和源氏興隆の基礎を築いた。満仲の子頼光は,藤原摂関家の兼家・道長と密接な関係をもち,摂津(多田)源氏を称した。満仲の第2子頼信は,河内源氏をおこしたが,11世紀はじめ東国の平忠常の乱を鎮め,東国進出の端緒を開いた。頼信の子孫の源頼義・源義家は,前九年・後三年の役で,東国の在地領主と結んで強固な源氏の基盤を築いた。そして河内源氏が清和源氏の主流となり,院政期の保元・平治の乱で一時期勢力はふるわなかったが,源頼朝の代に鎌倉幕府を開き,武士政権の担い手となった。しかし,源氏の正統は3代で滅んだが,その支流からは佐竹・武田・平賀・新田・足利氏が出て,ことに足利氏により武士政権はひきつがれた。