●征服王朝 せいふくおうちょう
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アメリカ在住のドイツ人の東洋学者ウィットフォーゲルが,1949年馮家昇との共著で出版した『中国社会史−遼(916〜1125年)』の「序論」で,はじめて用いた中国本土を征服・支配して建国した北方諸民族の中国式王朝の呼称。ウィットフォーゲルは,秦帝国の成立から清帝国の滅亡までを「中国帝国」と呼び,これを基本的な2類型に分類して考察した。一つは,典型的な中国王朝で,秦・漢・隋・唐・宋・明の諸王朝がそれである。他は征服王朝で,北魏およびこれに前後する華北の異民族諸王朝(とくにこれを浸透王朝と呼ぶ)・遼・金・元・清の諸王朝がそれである。ただ北魏と,これに前後する諸王朝は,半平和的に中国本土へ浸透したとして,とくに浸透王朝と称する。したがって典型的な征服王朝とは,遼以下の四王朝ということになる。