●成年式 せいねんしき
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成人式ともいう。女子の成年式を成女式と呼び分けることもある。成年式は,子供から一人前の大人へ移行するための重要な通過儀礼であり,人は成年式をへることによって当該社会から婚姻・労働・行政・戦闘などの各面で有資格者とみなされる。それゆえ未開社会のうちには,成年式を婚礼や葬式よりも盛大に挙行する例がある。こんにちでは成年式がみられない民族や国民のあいだにも,古くは普遍的に存在していたことが考えられる。【成年式の本質】成年式の形態は多様であるが,次の2点がとくに注目される。その一つは,成年式のさいに子供としての死と,大人としての復活を模擬的に演じる例があることである。子供を怪物を象徴した建物に閉じ込めたり,模擬的に埋葬するなどのオーストラリア原住民の慣習が好例である。日本の成年式としての霊山登拝も,山中他界における祖霊との交わりと,そこからの復活が象徴されている。また,かつて男子の元服にさいし,幼名から成人名への名替えが行われたが,それも死と復活を象徴する儀礼といえる。第2の点は成年式のなかには特定の集団への入社式(加入式)の形をとるものがあることである。この場合,年齢階梯制をなす社会では,成年式は特定の年齢集団への入社式という形となる。日本では若者組・娘組・若者宿・娘宿への加入が成年式に相当する例がその典型であり,ゲルマン民族にも類似の慣習があったといわれる。未開社会ではニューギニア・オーストラリア・アフリカの各原住民,それに台湾のアミ族などにも顕著にみられるが,それらのなかには年齢集団が秘密結社の性格をもつものもあり,そこへの入社式が成年式にあたる例も少なくない。要するに,成年式は死と復活を演出する儀礼であるとともに,復活の場は抽象的なものでなく,本来は現実の新しい集団であったとみなされるのである。
【成年式の諸形態】成年式の挙行年齢は,15歳とか20歳というように自然年齢をもとに画一的に定められている場合と,第2次性徴を契機に行うものとがある。年齢を数える習慣に乏しい未開社会では,一般に後者が多い。しかも前代の日本のごとく,男子は前者,女子は概して後者というように,男女で異なることもあった。それは,男子が行政や戦闘上,当該社会によって一律に把握される必要性が強かったことによる。成年式の期間は数カ月から,とくに長いもので1〜2年に及ぶ。日本でも,元服の前年かそれ以前に半元服と呼ばれる儀礼を伴う型があったが,これもその一例といえよう。ところで,日本の民間の成年式もすこぶる多様な形態を示していた。霊山登拝・山籠り・花摘み・伊勢参りなどのほか,三河の花祭り・対馬の盆踊り,同じく石積みなどもそれ自身成年式か,あるいは成年式と結びついた民俗であった。そのほか,田起こしとか雪の日の路踏みといった体力検査や肉体的試練を伴うものもあった。新入りの裸の若者を穴に入れ,はい上るところを柴で叩くという鹿児島県下の「穴打ち」は,肉体的試練の典型例としてあげられる。成年式と装飾の関係も注目されねばならない。それには,成年式時に髪型を変えたり,冠や烏帽子をかぶる頭部装飾,褌や腰巻を着用する腰部装飾,抜歯やお歯黒・入墨といった身体装飾の3型があった。これらの装飾はいずれも成人の標であるとともに,呪術的性格もおびていたのである。男子の割礼や女子の破瓜も,腰部装飾と同じく性的成熟を示す儀礼であり,日本でも古くは行われていたとみられる。なお元服は中国からの伝来語であるが,そのほかの成年式をさす呼称としては,装飾の特色から「烏帽子祝い」「褌祝い」「ゆもじ祝い」などがあり,またそのさいの介添人を「烏帽子規」「褌親」「鉄漿親」などと呼んだ。介添人と当事者とのあいだには擬制的親子関係が結ばれたのである。
〔参考文献〕江守五夫「成人式の原義」(蒲生正男他編『文化人類学』)1967,角川書店
平山和彦「成人式と婚礼」(五来重他編『講座・日本の民俗宗教1』)1979,弘文堂