●正統主義 せいとうしゅぎ
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1814年,ウィーン会議でフランスのタレイラン外相が唱えた新しい国際秩序の理念。タレイランは国内的にはブルボン復古王朝とフランス革命の立憲制度とを和解させ,新しい統治原理にしたが,国際的には,王位や国境を革命戦争以前の状態に戻すこととし,ルイ14世以来のフランス固有の領土を確保しようとした。これはザクセンの全領土を併合しようとするプロイセンやこれを支持するロシアの対仏復讐心をあおることにもなった。イギリスのキャッスルリー外相とオーストリアのメッテルニヒ宰相もこの方針を支持。かくしてサルディニア王国やポーランド王国が復活したが,スペインやナポリ(両シチリア王国)にはブルボン家の王が復位した。1820年,両国に立憲主義運動がおこるとその年のうちにオーストリアがナポリに,1823年にはフランスがシャトーブリアン外相のもとで武力干渉し,タレイラン流の国際協調や調停による平和の方針はくずれ,本格的な反動が始まる。