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●青銅器時代 せいどうきじだい

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【青銅器時代の内容】デンマークのトムセンが設定した先史時代の3時代の一つで,青銅製の器具のうちとくに実用利器の製作・使用が普及していた時期と定義されている。鉄製利器の普及以後は,青銅器が存在しても,青銅器時代とは考えない。青銅は,銅と錫を主成分とする合金であるが,銅の鉱石は産地が限定され,錫の産地はさらに局限される。そのため,鉱石の産地との交易,それに必要な運搬経路や各種の交渉,遠隔の他地域の人々に関する知識など,比較的自足的な新石器時代農耕社会に比べ,より広範な社会的理解が必要とされるようになる。また,鉱石の採掘や精練・冶金の作業には特殊技術をもつ職人の存在が必要となり,職業の分業化を促すこととなる。青銅器時代という技術史的な段階のなかには,このような内容が包括されている。

 青銅の使用に先行して,旧世界では,まず銅の利用が行われた。しかし,それは自然銅を打ち叩いて,ピンなどの小型品を製作するにとどまっていた。小アジアのチャタル・ヒュユク遺跡では前7000年の自然銅を加鍛した資料が出土しており,最も古い例の一つである。このような時期を,とくに銅器時代あるいは銅石時代と表現することもある。だが,青銅器時代に入っていても純銅の使用度が高い地域も存在するし,冶金術の存在を重視すれば,初期青銅器時代と考えてさしつかえない場合もある。また,金属利器と石器利器の両方が存在する場合にも,ある文化のうちに,はっきりその地域の銅利器が存在するならば,青銅器時代に含められる。

 鉱石から銅を精練する方法は,前4000年紀末に始まり,青銅もほぼ同じころから利用されはじめた。銅に錫を混入することにより,より硬い金属が得られ,さらに溶解中における気泡の発生をおさえることができるため,複雑な鋳造も可能となる。また,製品の用途に応じて,錫の配合比を変えて,性質の違う金属をつくることができる。この技術の発祥地として,イランのタウルス山からカスピ海へつづく山地が有力視されている。

 青銅器時代についての考え万は,ヨーロッパの先史時代の中心として形成されたために,世界各地に青銅器時代の定義にあてはまらない青銅器文化が存在するが,とりあえず,諸地域の著名な青銅器文化について概観してみよう。

【諸地域の青銅器文化】まず,メソポタミアでは,前4000年前後のシュムッデッド=ナスル期から銅の鋳造が発達する。工具・容器・武器・装身具などが存在する。またエジプトでは,前4000年紀の先王朝時代後期に鋳造技術の存在が見られるが,純銅製品がほとんどで,青銅技術は遅れて出現する。前3000年紀には,西アジア・東地中海域では優れた金属利器を獲得したことにより,農業生産の増大,資源の開発をもたらし,さらに人口の増加と集中が始まり都市文明が出現することとなる。

 東地中海地域以外のヨーロッパにおいては,前2000年以前から,東地中海地域などの鉱山師によってトランシルバニアやイベリア半島などの銅鉱が開発されていた。やがてボヘミア・スペイン・イギリスなどで錫鉱も開発された。前1800年ごろから青銅器時代に入ったと推定されている。北欧では,とくに,青銅器文化が発達し,遅くまで残存する。この地域の文化は,原ゲルマン族のになったものであると推定されている。 イラン南西部のザクロス山中において,前3000年から前1000年にかけて,ルリスタン青銅器文化と呼ばれる独特の文化が存在した。武器・容器・装飾品などのほかに,独特の動物文様をもつ馬具や神像が特徴的なものである。

 インドにおいては,前3000〜前2000年紀と推定されるモヘンジョ=ダロとハラッパで青銅の容器などがみられる。

 東南アジアでは,バンチェン遺跡やノンノ=タク遺跡で青銅器が発見されているが,放射性炭素年代測定により前4000〜前3000年紀という年代が提出され,中国の青銅器文化に先行するものかどうかが問題とされている。

 中国の青銅器は,殷代の早い時期から出現する。殷周時代の青銅器は多様な器種と意匠,製作の優秀さにより著名である。さまざまな器種の食器・水器・武器・農工具・車馬具などのほかに楽器も存在する。祭器・宝器の類が多い。中国では,春秋晩期ごろから,鉄製利器が出現しはじめるが,その後も銅器工芸は盛んであった。中国南部には,石塞山文化が存在する。特に,その初期にはまったく鉄器が存在していない。しかし,時期は,前漢初期から後漢初期と推定されている。

 ユーラシア草原地帯には,多くの遊牧民の青銅器文化が存在する。南ロシアのスキタイ文化には各種の青銅武器が発見されている。

 南シベリアのミヌシンスク盆地には,シベリアで最も古い青銅器文化が存在する。すでに前3000年紀後半から前2000年紀にかけてのアファナシェヴォ文化には,小型の銅製品が存在するが,つづくオクネフ文化には,刀子が存在する。アンドロノヴァ文化に至ると多くの利器が存在する。この地域は,前7世紀から始まるタガール文化期に,初期鉄器時代に入るが,当初は青銅利器が主流であった。なお,レナ川やアルダン川流域には前18世紀ごろから,青銅器文化が出現している。

 中国長城北部には,オルドス青銅器文化が存在した。最盛期はタガール文化に並行する時期で,その影響が強い,またそれ以前のカラスク文化期に並行するものもあり,終末は前漢代と考えられる。

 朝鮮半島は,前5世紀ごろから青銅器文化が出現する。琵琶形銅剣や多鈕鏡などの北方的な要素が多くみられる。さらに細形銅剣などの独特の青銅器が発達する。

 日本にも,弥生時代に朝鮮半島より青銅器が伝わり,銅鐸や儀器化した銅利器など特殊な青銅器文化がみられる。

【概念の問題点】ところで,上述した地域のうちには必ずしも青銅器時代という概念に組み入れられない地域がある。トムセンの設定には,先史時代におけるという前提があり,エジプトやメソポタミアの王朝時代や殷周時代は,すでに文字資料が多いためにそのなかにはおさめきれない。また,中国の場合には,殷周時代から春秋時代の前半までを含めて,青銅器時代と考えても,実質的にその言葉がもつ意味はあまりないと考えられる。

 また,青銅器時代という言葉が示す段階は,各地域・時代において多様である。たとえば,南シベリアと西アジアの青銅器時代を比較してみても,その内容はまったく異なるものとなるはずである。つまり,青銅器時代とは,社会構造や文化などに視点を置いた時代区分ではないので,それを歴史叙述に適用しても,それのみで十分となるものではない。

 周辺地域においては,青銅器時代を迎えずに,直接,鉄器時代に入る場合もある。たとえば,日本の場合には,青銅器はけっして実用の利器として使用されることはなく,それには石器と鉄器が使用されていた。つまり,三時代法の図式的な進化がいつまでもあてはまるとは限らないのである。

 もちろん,トムセンの考案した三時代法は,基本的には正しいものである。またそれによりヨーロッパや先進地域の年代研究に大きな枠組みを与えたことも否定できない。しかし,今日,客観的かつ具体的な連続がつくりあげられているときには,古い概念は誤解をうむ場合もある。

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