●生態人類学 せいたいじんるいがく
AD
人類学の一分野。それぞれに特異な文化をもつ人間集団が営む,諸活動と環境との相互作用を明らかにすることをテーマとしている。それは人間の生活の生態学的研究であるといってよいが,人間が「文化をもった動物」であるがゆえに,その研究内容は学際的な色彩を強くおびている。つまり,生物としてのヒトという側面では,遺伝・生理・栄養・人口学的特性などとの関連が問題となり,文化をもった存在であるという側面では,技術や経済・社会関係,それに価値観や世界観とも不可分な関連をもっている。もちろん,気候・土壌・植物相・動物相などの自然環境の理解も欠かすことができない。生態人類学は,自然・社会・文化にまたがる相互関係を重視し,特定の人間集団が所与の環境において,いかに生計を営み,生存を維持しているかを解明しようとする研究領域であると総括できよう。通常,人類学は自然人類学と文化人類学に大別されるが,上述のような特徴をもつ生態人類学は,両者にまたがり,あるいは両者を媒介する中間領域の学問であると位置づけることができる。生態人類学という名称のもとで活発な研究が進められたのは1960年以降のことであるが,環境との関係で人間を理解しようとする知的潮流は古くから存在する。アリストテレスやモンテスキュー,それにラッツェルやハンチントンにいたる環境決定論は,その代表的なものである。20世紀の人類学は,素朴な環境決定論を批判し,環境は文化の限定要因としてのみ機能するとするポシビリズムの時代を経て,文化の諸要素と環境との複雑な相互関係を前提とした生態学的な思考へと移ってきたのである。しかし,大局的にみて,人類学の主流は環境論に無関心であったといってよい。フォードの『生息地・経済・社会』(1934)やエバンス=プリチャードの『ヌエル族』(1940)などの生態学的視点をもった先駆的業績もあるが,とくに,“文化の学”としてディスシプリンの確立をめざして進展してきた文化人類学には,その傾向性が強い。このような人類学の伝統の中で,積極的に生態学的研究の必要性を説いたのはスチュワードである。彼は,1950年代のアメリカ人類学において新たな動向を形成した新進化主義を代表する研究者の一人であり,異なった文化間の平行進化現象に関心をもち,その研究を押し進める方法論として,環境に対する文化の適応構造を重視する文化生態学を提唱した。その方法の要点は,開発や生産の技術と環境との相互関係を明らかにし,それが生業様式や他の文化の様相におよぼす影響を画定することにある。スチュワードの文化生態学は,技術決定論的な色合いが強いなどの多くの批判があるが,人間の生態学的研究の重要性を指摘し,生態人類学への道を切り拓いたと評価できよう。スチュワード以後の生態人類学は,生産から分配・消費に至る生計活動の直接観察と,その量的把握などの科学的方法論を基本的な武器として,独自な展開を示した。その動向を示す例の一つとして,リーや田中二郎などによる,カラハリ砂漠に住む狩猟採集民サン(ブッシュマン)の研究をあげることができる。サンは多くの野生植物を食物として認知し,しかも,選択的に利用して,食物の80%をそれぞれ充当していた。また,成年男女が,一日にわずか4時間程度を生計活動(男の狩猟・女の採集)にあてるだけで,十分に暮らしが成り立つ,余暇に恵まれた“豊かな”生活を送っていた。その研究は,“貧困な環境のもとでつねに飢えに苦しみ,日がなあくせく働く未開人”といった一般通念を打ち砕き,新鮮な狩猟採集民像を呈示したのである。このような生態人類学は,その研究対象を農耕民・漁労民・牧畜民へと広げ,人間の環境への適応メカニズムや人類進化など人類学の基本的課題の解明に挑みつつある。