●生態系 せいたいけい
AD
生態学における基本的術語の一つ。イギリスの植物生態学者タンズレーが1935年に提唱したのがその用語法のはじまりである。近年環境汚染や環境破壊などが大きな社会問題となるにいたり,広く一般にも普及した。生態学では,一定の地域内にすむ多様な生物群のすべてと非生物的な物理化学的環境とを合わせた生物─環境系の全体を生態系と呼ぶ。その構成要素が,エネルギーの流れと物質循環をきずなとして相互に複雑な関係をもち,一つのシステムを形成していると捉える点が重要である。景観的なまとまりをもった森林・草原・砂漠・湖沼・海洋などが,それぞれ生態系を形成しているとする用法が一般的であるが,恒常性を保った,生物と無機環境からなる系があれば,その規模にかかわらず,生態系とみなされることが多い。実際の自然には,明確な境界をもった閉鎖系は存在しない。それゆえ生態系の概念は,相対的に自己完結性の高い自然の一区画に適用されるのであり,ある程度の恣意性と操作性を内包していることに留意しておく必要がある。現在では,最大の単位として地球生態系をとりあげ,それぞれの地域生態系はそのサブシステムを構成すると考える傾向性が強い。【生態系の構造と機能】各々の生態系が共通してもつ,エネルギー・物質系としての基本的な特徴を概観しておこう。生態系のエネルギー源は太陽であり,緑色植物(生産者)がこの太陽エネルギーと炭酸ガス・水および無機栄養物質から有機物を合成し,その有機物を植物食動物(第一次消費者)が直接に摂取し,植物食動物を肉食動物(第2次消費者)が食べる。そして,菌類やバクテリアなどの微生物(分解者)が動植物の遺体を炭酸ガス・水および無機栄養物質に分解する。つまりすべての生態系は,生産者・消費者・分解者をもち,環境中の無機栄養物質が植物の有機物合成プロセスを媒介として全生物によって利用された後に,再び環境へともどってゆくリサイクル性を保持している。食物エネルギーは「食う・食われる」の関係の通路(食物連鎖あるいは食物網と呼ばれる)をたどって,各生物間を移ってゆく。この連鎖を具体的に支える捕食者と被食者との関係は,相互に依存しかつ制約しあうという特性をもつ。一つの生態系は,生物間,および生物と環境との複雑な相互作用によってバランスが維持されているシステムなのである。
【人間と生態系】人間がこの地球上に出現したのは,ほぼ400万年前であると推定されている。そして,人間はその大部分の期間を狩猟採集民として生きてきた。「文化をもった動物」である人間は,自然環境を改変し人工化する宿命を負っているといえようが,狩猟採集民としての人間はそれを最小限に押さえてきた。彼らの生存は自然生態系のリサイクル性と安定性に根源的に依存しており,生態系の一員として生活することを必然化されていたのである。しかし,ほぼ1万年前にはじまった定住生活と農耕は,自然環境の改変を促した。人間は生態糸の拘束を脱して新たな人工システムをつくり出し,人口増加がその拡大と強化を進展させてきたのであるが,社会の存続の基盤が農耕であるかぎりにおいて,生態系の原理がそのシステムに組み込まれていたと考えてよい。決定的な生態系の原理からの離脱は,産業革命を契機とした工業化の展開に求めることができる。石炭や石油などの化石燃料に依存した工業化は,自然生態系とは全く異なったエネルギー・物質系を形成し,巨大な人工システムである近代文明を築きあげた。この近代文明の負の遺産が,大規模な環境破壊や環境汚染である。経済成長を基調とした「進歩」は,地域生態系の汚染や破壊を代償としており,それは今や地球生態系の危機という状況認識を生むまでにいたっている。