●世祖(李朝) せいそ
アジア アジア AD1417
1417〜68年 李朝の第七代の王。在位は1455〜68年。諱はジュウ※注1※,時は粋之,謚号は恵荘。世宗の第二子。文宗の死後その子端宗が12歳で王位を継承すると,世祖は一部の士大夫の助けで端宗を廃位し,自ら王位に即いた。世祖は,簒奪に前後し端宗の側近の皇甫仁・金宗瑞・安平大君,また後世に死六臣と称する成三問・朴彭年・河緯池・リガイ※注2※・兪応孚・柳誠源らの集賢殿の学者を殺した。これを“世祖簒位”という。世祖は世宗朝から養われて来た集腎殿学者の政治的影響力を弱め,李朝の政治体制・統治組織の基本になる法典の編さんを始めた。これが『経国大典』であり,成宗2年(1471)に完成した。世祖は李朝の建国理念である崇儒抑仏政策に即し,政治理念として儒教を採択したが,個人的には仏教を信仰し円覚寺を立て,刊経都監を設けて,仏典の刊行・仏典の諺解を行ったが,当時の仏典は日朝貿易により日本にもたらされた。〔参考文献〕李基白『端宗実録』『世祖実録』『国朝宝鑑』
『韓国史新論』1975,一潮閣
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