●精神の自立 せいしんのじりつ
AD
人間は,家父長制の下で長いあいだ,その社会では同一の価値観をもつことを原則として生活を営んできた。しかし,それゆえにつねに価値観の分裂作用を,ひきおこしてきた歴史でもあった。〈人はパンによってだけでは生きられない〉けれどパンがないと生きられないように,精神的なものは,物質的すなわち経済的保証なしには真の自由を獲得できなかった。しかし,人びとは,ときとして,政治的,経済的隷属のなかにあっても,信仰・思想という観念的領域において,他者の介入を許さない境地を確立してきた。そうした経験が,逆に精神領域の生みだす共同体において,政治的・経済的自立を志向するエネルギーを噴出してきた。『旧約聖書』に記されている“木の実”を食べた女と男の話は保護者,「神」からの自立を試みた人間の源初的通過儀礼を物語るものであった。すなわち,〈するとふたりの目が開け,自分たちは裸であることがわかったので,いちじくの葉をつづり合わせて,腰にまいた〉(「創世記」3章7節)と。このようにして,エデンの園を追放された。ものを知るということは,精神の自立を自らに課すことの第一歩なのである。