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●性神信仰 せいしんしんこう

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 性は最も端的に男女の性器によって象徴される。性器の霊能を具象的に表現し,神として崇拝することは原始民族にとっては最も容易なことであったし,文化の発展の過程に伴なってその信仰も分化の一途をたどってきた。日本民族が古代において到達した性哲学は,天地という陰陽合体によって諸々のものが生み成されるという思想で,皇大神宮の社殿の中心に埋め立てる天の御柱諏訪神社御柱祭,諾冊二神の天の瓊矛も,男根と大地なる母との交合であり,ゲルマン民族の五月柱もそれであるといわれてきた。

【妊娠・豊饒と性】性の功徳の第1は,陰陽合体によってものみなが産み成されることにある。福岡市辻堂町の某寺の中庭に横たえられた男根石に,不妊の女が陰部を接することによって子宝に恵まれるとするもの,温泉場の女湯にしばしば男根石が置かれるなど,こうした例は少なくない。姫岩観音・割岩観音などの女陰に似た自然石崇拝も同様である。これらは作物の豊饒祈願ともなり,旧薩摩藩領に多い田の神像が多くが,後ろ姿は男根形になっており,縄文時代の数多くの石棒にも,多分にこの意があったものと想像される。【性病平癒】性病平癒への祈願は山王様の雌猿・きんまら薬師などのように,性器を直接の対象とするもの,淡島様のように単なる女神像の二通りがある。[1]山王様の猿 山王様の多くは小祠のなかに,陰部を露出した雌猿が納められ,陰部に口紅を塗って,こしけなどの婦人病平癒を祈願する風は各地にある。山王様は山の神で本来女神であるが,山神大山咋命の妻である鴨玉依姫の化身が猿とも考えられている。山の神信仰のなかにはお産の神としての性格が濃いが,雌猿であることを表現するために女陰が誇張して彫られるところから,婦人の下の病の治癒に効顕あるとの信仰が生まれたものと考えられる。[2]淡島様 淡島様は粟島様とも書かれるが,本来漂着神としての海神的性格があったろうことが,記・紀国生み神話などからもうかがわれる。あるいは堀田吉雄氏のいわれる伊勢湾の神島のゲーター祭で,女陰とみられる浜グミの輪でつくった“アワ”を大勢の男が竹竿で突き立てる交合を思わせる“アワ突き”の神事に関係があるかとも思われる。一般的には住吉大神または三島大神の后で,下の病のために空ろ船に乗せて海に流され,漂着したのが紀州の加太の浜で,浜人に助けられたが,私を祀ってくれれば婦人病治癒の神となるといわれ,淡島様として祀られたと伝えられている。対馬では豊玉姫とされ,ところによっては医薬の神少名彦名命にも付会され,また『牛頭天王縁起』では后の粟佐利女となっている。[3]きんまら薬師 群馬県前橋市泉沢では男根を両手で抱え,西大室では薬師如来の坐像の両脇に大きな男根を着けた像が2カ所にあり,“きんまら薬師”と称されている。日光の有名な金精峠はもとエツ※注1※峠といわれたが,こむら峠からきまら峠と転化したという。きまら峠はさらに金まら峠となり,『字源』に金はかなもの・槍刀の意とあるので,強壮な男根が金精様といわれ,夫婦和合から性病治癒の信仰となり,本来医薬の仏である薬師如来と習合して,いっそう性病治癒の意味を強くしたのがきんまら薬師であろう。

【塞ぎとしての性器】埼玉県東松山市高坂では今も字ごとに藁で大きな男根と女陰をつくり,女陰に男根をさし通して,春先村はずれの路傍に先を切った青竹に吊るす。これによって悪疫・妖魔などの村に入ってくるのを防ぐ“塞ぎ”としているが,その例はかつては全国的にみられ,この陰陽合体の陽なる力が陰なる邪神を防ぐと考えられた。この風はすでに平安時代に都の大路において陰相もあらわな男女二神の木偶を祭ったことが『扶桑略記』に見えている。これを道祖神の一名である岐神といったということは,双体道祖神に発展する元の姿ということができよう。

〔参考文献〕松本信広『日本の神話』

堀田吉雄『山の神信仰の研究』

時中庵主人『下野の道祖神』

大護八郎『山の神の像と祭り』

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