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●聖書のドイツ語訳 せいしょのドイツごやく

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 ルターは,1521年4月皇帝カール5世によりヴォルムスの帝国議会に召喚されたが,自説の撤回を拒否したため,国法による身柄の保護を奪われた(ヴォルムス勅令)。しかし,反皇帝派有力諸侯の一人,ザクセン公フリードリヒ賢公により保護され,彼の城ワルトブルクにかくまわれた。ルターは1522年3月ヴィッテンベルクに帰るまで,約10カ月をこの古城で暮らしたが,そのあいだ彼のなした記念碑的な仕事が,新訳聖書のドイツ語への翻訳であった。ローマ教会の免罪符(贖宥状)販売を批判し,信仰義認説に立つルターにとって,ドイツの民衆が自国語で聖書を読めるようになるというのは最重要の要請であった。彼は翻訳にあたってカトリック教会のラテン語聖書だけでなく,ギリシア語の原典にもあたり,約3カ月で完成させたといわれる。文学的にもすぐれており,ジェームス王の英語訳とともに高く評価されている。この聖書の一般への普及は,ルター派の主張の強力な武器となった。