●成女式 せいじょしき
アジア 日本 AD
女性の成年式または成人式を学術上とくに成女式と呼び分けることがある。世界的に,成女式は男性の成年式に比べ地味であったり,早く廃れた傾向があるが,それは行政や戦闘における女性の役割が希薄だったことによる。ただし母系制社会では比較的発達していた。日本では古代の公家社会からすでにみられ,成女式にさいし髪型や衣服を変えたり,鉄漿付けをすることが行われた。鉄漿付けは,その後武家や民衆の子女にまで広まり,明治の中朝ごろまで継続した。成女式の年齢は数え13〜18歳のあいだだが,一定年齢ではなく初潮を契機とするものが多かった。成女式を経れば,娘は婚姻の有資格者となるのであり,村の娘はヨバイの対象となった。村落社会での成女式は,鉄漿付け祝い・ユモジ祝い・初出祝いなどと呼ばれ,そのさいの介添人を鉄漿付け親などと呼び,実の親子のような親密なつきあいを生涯つづけるものであった。