●西秦 せいしん
アジア 中華人民共和国 AD
中国,五胡十六国の一つ。385年に鮮卑族の乞伏(きっぷく)氏が建てた国。甘粛者の酋豪であった乞伏氏は,乞伏司繁の時代に甘粛省靖遠県北東地方から,蘭州北東の度堅山に移り住んだ。しかし,苻堅の秦(前秦)の軍と戦って敗れ,その軍門に屈した。司繁の子国仁は,東晋を討って江南を併合しようとした苻堅がヒスイ※注1※の戦いに大敗して秦が衰退すると,自ら大都督大将軍大単于領秦河二州牧と名乗り,年号を建議とし,百官をおいて国を建てた。つづく弟の乞伏乾帰の代には金城(甘粛者蘭州北)に都を移して,大単于南王と名乗る。しかし,姚興の治める後秦に討ち取られ,一時期は姚興の臣に下った。乞伏乾帰は,後秦が衰えると再び国をおこし,409年(更始1)には秦王を称した。乾帰の子の乞伏熾磐は吐谷渾(とよくこん)を破り,南涼を併合して勢力を拡大したが,その子乞伏慕末のときに,夏の赫連(かくれん)によって431年(永弘4)に滅んだ。
![]()