50音順    検 索

●政治人類学 せいじじんるいがく

AD 

 政治的行動や政治組織の諸側面を研究する,比較的新しい人類学の分野である。一般に,既存の政治学は,主として欧米先進工業国を対象として発達してきた。それに対し,政治人類学は,非西洋社会を研究対象とし,そこで新しい資料の発見と問題提起をしながら発展してきた。1861年に『古代法』を著したメーンは身分社会から契約社会ヘ,血縁社会から地縁社会への進化を主張し,モーガンは『古代社会』(1877)で血縁的な社会から国家ヘの発展を説いた。彼らはともに政治現象の起源や進化に関心をもっていたが,20世紀になると,より実証的な政治人類学的研究が行われるようになった。たとえば,ローウィは,1927年に『国家の起源』を著し,血縁から地縁へという単純な進化の図式を実証的な資料によって批判した。1930年代には現地調査がいっそう推進され,とくに“無頭型”政治組織の研究が進められて,その後の政治人類学研究に刺激を与えた。エヴァンス=プリチャードとフォーテスが編集した『アフリカの政治体系』(1940)はラドクリフ=ブラウンの緒言,編者たちによる序論,8篇のユニークな事例研究を収録しているが,これらの事例は中央集権的政体と権力分散型または無頭型政体に大きく二分される。その後,この2類型は単純すぎるとか固定的すぎるという批判を招いたが,ともかく,便宜的にこれに依拠したり,あるいはこれに言及する政治人類学者は多い。無頭型とか統治者なき社会といわれる政体はエスキモー・ブッシュマン・オーストラリア原住民など,バンドと呼ばれる小集団の狩猟採集民社会にみられる。非血縁者をも含むバンド社会は獲物を追って移動し,狩猟採集の生産・配分・消費を合意によって行う。バンド構成員間に葛藤が生じれば,ブッシュマンの場合,年長者が仲裁するか,単純に当事者のいずれかがバンドを離れてほかのバンドに合流する。エスキモー社会では,“歌合戦”で勝負を決める場合もあった。東アフリカの牧畜民ヌアー族の社会は父系の血縁集団(リネェジ)をなす。これは,父系の共通祖の世代深度が大きいほどリネェジの規模が大きくなるもので,集団の組織が流動的である。分節社会と呼ばれるこの種の部族社会では,構造的に強力な権力の存在がむずかしい。このような特定の統治者を欠く平等社会が存続するためには,構成員間の合意とこれを確認しあえる制度が前提となる。さまざまな儀礼体系がその機能を果たしているということができよう。権力が集中した首長制社会や王国においてさえも,最高指導者は絶対的権力者とは限らず,場合によっては評議会とも称すべき臣下集団から統制されるし,“聖なる王”が殺されることさえあったという。そこには,外形上の社会形態の相異を越えて,何らかの形での社会的合意(秩序)の達成と維持が求められている。これは法の存在を予想されるものであるが,人々の行動を拘束する約束ごとがあるとすれば,それが法であれ慣習であれ,違反者への社会的制裁(サンクション)が伴う。制裁の形態と程度はさまざまであるが,伝統社会において制裁権をもつ者は住民大衆の価値体系から大きく遊離することはできなかった。この点に関して政治人類学は隣接分野の法人類学と密接な関連をもつ。わが国の文化人類学界において政治組織や権力構造などに関心をもつ者は珍しくなく,教科書などにおいても政治人類学に関する入門的な解説はかなり多くなってきたが,独創的な政治人類学の理論的実証的研究はむしろこれからであるというべきであろう。研究対象も,従来のような伝統的政体化に伴う政治的変動に関心を向けざるをえなくなるであろう。

〔参考文献〕G.バランディエ,中原喜一郎訳『政治人類学』1971,合同出版

L.クレーダー,吉田禎吾・丸山孝一訳『国家の形成』1972,鹿島出版会

J.フレイザー,永橋卓介訳『金枝篇』全5冊,1951〜52,岩波書店