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●政治教育 せいじきょういく

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 政治教育とは,[1]広義には,民主政治は治者と被治者の一体性の原則の上に成立することから国民生活にわたる治者の政治的意図や内容を理解し,判断できる知識や能力を育てる教育をいう。換言すれば,広く政治的な教養を習得させること教育をいう。それは新聞・テレビなどのマスコミや社会教育,さらに,学校教育及び各教科教育など,無意図的,または意図的な教育機能をもつ媒体を通して行われる。[2]狭義には,政治的教養のうちとくに政治の機能や意味,政治制度などの知識を教え,政治的批判力あるいは政治的信念・道徳・判断力の育成を狙いとする教育をいう。換言すれば,政治的訓練を狙いとする教育をいう。それは学校教育や教科教育とりわけ社会科教育を通して意図的・計画的に行われる。[3]最狭義には,前述の狭義の政治教育の不適正な運用,すなわち特定のイデオロギーにもとづき,政治的信念や価値を教え込む教育をいう。換言すれば,公教育において行うことを禁止されている政治的教化を狙いとする教育をいう。このように政治教育は多義的に使用されているため,今日では広義および狭義を内包する概念を“政治教育”と称し,最狭義を内包する概念を“政治的教化”という名辞を用いて区別する立場と広義及び狭義を内包する概念を“政治的教養の教育”という名辞を用い,最狭義を内包する概念を“政治教育”と称する相対立する立場がある。大雑把にいえば,前者は「社会科」を中心とした教育研究者が,後者は文部省を中心とした教育行政側が使用している概念体系である。したがって“政治教育”という同一名辞が教育的にまったく相反する評価,一方は教育的に促進すべき事項,他方は公教育下では禁止すべき事項という評価を受けている。こうした教育的にまったく相反する見解が存在している原因は,わが国の戦後の教育の基本方針を定めている教育基本法の第8条において“政治的教養”と“政治教育”を使い分けていることにある。

【教育基本法と政治教育】教育基本法は〈(政治教育)第8条 良識ある公民たるに必要な政治的教養は,教育上これを尊重しなければならない。[2]法律に定める学校は特定の政党を支持し,又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない〉と規定している。本条の立法意思や理念は,当時(1946年(昭和21)3月14日)の高橋誠一郎文相が第92帝国議会衆院教育基本法委員会での法案提出理由説明のなかで〈民主主義社会における政治的教養の重要性並びに学校における政治教育の限界を示した〉条項と説明している点に明確に示されている。このことは,本案の立案過程で,第2項は当初独立項目ではなく,第1項の但し書として規定されていたことや文章表現も第1項は当初からほとんど変わっていないのに対して,第2項は〈…特定の党派的政治教育及び活動…〉から〈…特定の政党を支持または反対するための政治的偏見を教え…〉,さらに〈…特定の政党を支持し又は之に反対する等の教育をなし…〉そして現行の表現へと変更されており,限界を示す表現に苦労していたことからも推察できる。こうした立法意思や理念のもとで条文冒頭の「政治教育」,第1項の「政治的教養」,第2項の「政治教育」の概念内容及び関連がどのように解釈されていたかは,教育基本法の制定にかかわっていた当時の文部省関係者が著した『教育基本法の解説』(田中二郎・辻田力監修,文部省内教育法令研究会,1947,国立書院)に詳しい。本条の冒頭の政治教育の概念に関しては〈政治教育というのは,このような(政治に直接間接たずさわる;筆者注)国民に政治的知識を与え,政治的判断力を養い,もって政治的道徳の向上を目的として施される教育である〉という。さらに第1項の政治的教養に関しては,〈第一に民主政治,政党,憲法,地方自治等,現代民主政治上の各種の制度についての知識,第二に現実の政治の理解力及びこれに対する公正な批判力,第三に民主国家の公民として必要な政治的道徳及び政治的信念〉と解説している。また第2項については〈“学校”というのは,“学校教育活動の主体としての学校自体”ということであり,…その学校の教員が学校教育活動の中に党派的教育を施すことが当然禁ぜられていると見るべきである。…〉と解釈している。以上のことから本条の立法意思や理念は,政治教育を積極的に国民に行うことにあり,また条文冒頭の“政治教育”,第1項の“政治的教養”,さらに第2項でいう“政治教育”の概念内容はほぼ前述の広義・狭義・最狭義の概念内容に対応していると考えてよい。また概念間の関連は前述した今日考えられている概念体系のうち前者の立場に近いものと考えてよい。しかし,その後の歴史的経過のなかで,第1項と第2項は並列的に取り扱われるようになり,また教育行政側の本条の運用はしだいに第1項の積極的な面の推進よりも,第2項違反の規制に重点を置く傾向に変質していった。このことは,“政治教育”の解釈にも大きな影響を及ぼすことになった。すなわち第1項で使用している“政治的教養”と本条の冒頭及び第2項で使用している“政治教育”を峻別し,“政治教育”を政治的教化と同義に解釈する立場をとるようになった。したがって教育行政側は,政治教育を否定的もしくは公教育において禁止されるべき概念内容として使用するようになった。とくに大学紛争・高校紛争の盛んな時期に出された文部省見解「高等学校における政治的教養と政治活動について」(1969年(昭和44)10月31日)以後顕著になった。公教育において一党一派の政治的宣伝を教育の場にもちこむことは,当然戒めなければならないことである。しかしそのような政治的教化と政治教育を同義に解釈することは,第8条全体を政治教育と銘うっている以上,第8条全体を禁止もしくは否定的に解釈することになり,それに内包される政治的教養をも否定するという論理的矛盾をひきおこすばかりか,本案の立法意思や理念にも反する解釈にもなる。さらに,社会認識教育や広義の公民教育に包摂される各教育領域は,一定の学問体系や社会的機能の類別に沿った,たとえば歴史教育・地理教育・経済教育などの名称が一般化している。政治学または政治的機能を背景にした教育領域を政治教育ではなく,政治的教養の教育と呼称することは,それらの教育研究がつくりあげたまま一般化している教育領域の名称・概念の関連構造を混乱させることにもなる。

【学校教育と政治教育】政治教育にとって最も重要で不可欠なのは,学校教育において行う政治的訓練,すなわち政治学習と自治能力の育成である。わが国の初等・中等教育の教育課程においては,政治学習は主として社会科教育を通して,また自治能力の育成は主として特別活動のうちの児童活動・生徒活動,とりわけ学級会活動・児童会活動・生徒会活動を通して行われる。政治的訓練にとって,政治制度や機構などの学習は必要であるが,政治の本質である統治をめぐる争いの合理的解決に必要な知識や判断力の育成が最も重要な学習である。したがって具体的な政治問題を取り上げて学習することや民主主義政治を創造する基礎的訓練としての自治活動こそ不可欠な学習となる。しかし学校における政治教育の現状は,受験体制や特に教育二法の影響を受けて,建て前としての政治知識の教授や自治能力育成にとっては不十分な自治活動となっている。しかも最近の政治的社会化研究によれば,学校で教えられる政治の知識・信念と現実社会のそれとくい違う場合には,現実生活の政治的価値観を優先的に習得しているという。このことから,わが国の学校教育における政治教育が効果をあげるためには,政治問題を取り扱う際の教師の教育権の保障と限界の国民的合意と政治教育の教育方法原理の確立が求められる。

〔参考文献〕国民教育研究所編『高校における政治的教養と自主的活動』上・下 1970,明治図書

阪上順夫編著『社会科における政治教育』1973,明治図書

永井憲一『政治教育・宗教教育』1978,学陽書房