●製糸 せいし
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繭から生糸を製造すること。幕末安政開港以降,日本は生糸輸出の増大によって,蚕種紙輸出によって,フランスにとってかわって主糸輸出国となるとともに,日本国内においては座繰製糸を発展させ,米と繭の経済構造の国へと変えた。東山養蚕農地帯はその中心で,東北の信達,長野・群馬を含む地域であった。その上に器械製糸が導入され,機械化による近代化が促進された。そのためには官営模範工場として富岡製糸工場をつくり,御雇外人としてフランス人技術者を迎える。技術伝習所としての機能を果たしたが,資本と設備の整備のため,そうした工場を民間につくることができなかったので,信達,その他の民間企業として行われるそれらから学ぶところも少なくなかった。そのうち地場産業型技術をつくりあげ,合資会社形式の工場をつくったり,片倉組・郡見組のごとき組合製糸の型で小資本の連合の型をとったものも少なくない。そのため低賃銀・女工募集型となった。
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