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●聖教要録 せいきょうようろく

アジア 日本 AD1655 江戸時代

 1665年(寛文5)発行,山鹿素行の著作,儒学書。山鹿素行林羅山に師事して「朱子学」を学び,『修教要録』『治教要録』(ともに1656年成立)など朱子の学説にもとづく著書を著したが,1662年ごろより「朱子学」否定に傾く。1662年,門人たちが素行の談話を筆録し始め,1665年,『山鹿語類』正篇43巻,続篇2巻が成立。正篇の22〜32巻は「聖学篇」と名づけられているが,この要旨を抜粋したものが『聖教要録』。漢文体で上・中・下3巻より成り,門人などの序文を付している。宋代になって聖人の道統は滅びたといい(上),理を実在でなく条理とし(中),性には天命の性と気質の性との区別はないと主張,周濂渓の『太極図』は誤りとする(下)など,「理気二元論」を基本とする朱子学の原則を否定した,いわゆる古学を提唱する最初の書物。将軍家綱を補佐していた会津藩主保科正之は朱子学者山崎闇斎を賓師としており,正之の策動によって,翌年,素行は赤穂藩主浅野長直御預けとなった。