●生活文化 せいかつぶんか
AD
【生活文化の概念】「文化」の概念には,一般に広義と狭義の使い分けがみられる。広義の概念では,人間の行動によって生み出されたものすべてを包含する。人類学では,広義の概念が一般的である。たとえばタイラーによれば,文化とは知識・信仰・芸術・道徳・法律・慣習,および社会の成員としての人間によって獲得せられたその技能および慣習を含む複合的全体であるとしている。また,クラックホーンは,文化とは後天的・歴史的に形成された,外面的および内面的な生活様式の大系であり,集団の全員または特定のメンバーにより共有されるものであるとしている。狭義の概念では,人間の行動や社会事象の側面を,政治・社会・文化などと分け,その一つとして文化を位置づける。その内容は,主として,文芸・美術・思想などである。「文化」の概念は,以上の二つに大別されるが,「用語」としては,一般に「狭義」の意味で使用し,「文化」の字句の前に,時代・階層・地域などを付して文化の性格を明確にしつつ,文化を「広義」のものとして捉えていく傾向をもっている。たとえば,時代では,古代文化・近代文化など,階層では貴族文化・武家文化・庶民文化,地域では農村文化・都市文化などがそれである。生活文化は,「生活」に密着した文化という性格づけをすることにより,広義の文化の概念に最も近い内容を意味するものとなっている。生活文化は,過去に遡れば有形・無形の文化財として現在につながっている。この観点から,生活文化については,法的・行政的には,1975年(昭和50年)10月に告示された「重要有形民俗文化財指定規準」「重要無形民俗文化財指定規準」に,それぞれその領域・範囲・要件が示されている。「重要有形民俗文化財指定規準」
1.次に掲げる有形の民俗文化財のうちその形様,製作技法,用法等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
(1)衣食住に用いられるもの(例略)
(2)年産,生業に用いられるもの
(3)交通,運輸,通信に用いられるもの
(4)交易に用いられるもの
(5)社会生活に用いられるもの
(6)信仰に用いられるもの
(7)民俗知識に関して用いられるもの
(8)民俗芸能,娯楽,遊戯に用いられるもの
(9)人の一生に関して用いられるもの
(10)年中行事に用いられるもの
2.前項各号に掲げる有形の民俗文化財の収集でその目的,内容等が次の各号の一に該当し,特に重要なもの
(1)歴史的変遷を示すもの
(2)時代的特色を示すもの
(3)地域的特色を示すもの
(4)生活階層の特色を示すもの
(5)職能の様相を示すもの
3.他民族に係る前二項に規定する有形の民俗文化財又はその収集で我が国民の生活文化との関連上特に重要なもの
「重要無形民俗文化財指定規準」
1.風俗慣習のうち次の各号の一に該当し,特に重要なもの
(1)由来,内容等において我が国民の基盤的な生活文化の特色を示すもので典型的なもの
(2)年中行事,祭礼,法会等の中で行われる行事で芸能の基盤を示すもの
2.民俗芸能のうち次の各号の一に該当し,特に重要なもの
(1)芸能の発生又は成立を示すもの
(2)芸能の変遷の過程を示すもの
(3)地域的特色を示すもの
ここにみられるように,「民俗文化財」は,国民の「基盤的な生活文化」を表現しているものである。現代における生活文化も上記の範囲のものが大部分である。ここで「基盤的」なといっているのは,現在のわれわれの「生活文化」の基盤に伝統として流れているもの,といった意味である。日常生活の表面は,現代社会の進展・科学の発達・都市化の進行などによって変わってきているが,社会の慣習・行動の型にみられる意識や価値観などには伝統的なものが色濃く残っている。民俗学ではこれらの文化を「表層文化」に対する「基層文化」と呼んでいる。現在において「残存しているもの」,形は変わってもなおその「本質的なもの」が現在の文化の基盤として生きつづけているもの,これらをみつめていくことは現在のわれわれと現在の社会の本質を知る重要な手掛かりとなるのである。
【生活文化の諸相】生活文化は,具体的には,有形・無形の民俗文化財に表現される。上記の法規と,さらに「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財の選択基準」とを参照して,文化財の項目を表にすると次のようになる(有形民俗文化財は有形,無形民俗文化財は無形と表示する)。
[1]衣食住 (有形)衣服・装身具・飲食用具・光熱用具・家具調度・住居。(無形)服飾習俗・飲食習俗・居住習俗。
[2]生産・生業 (有形)農具・漁猟具・工匠用具・紡織用具・作業場。(無形)農耕・漁猟・工作・紡織に関する習俗。
[3]交通・運輸・通信 (有形)運搬具・舟車・飛脚用具・関所。(無形)旅行に関する習俗。
[4]交易 (有形)計算具・計量具・看板・鑑札・店舗。(無形)市・行商・座商・両替・質等の習俗。[5]社会生活 (有形)贈答用具・警防用具・刑罰用具・若者宿。(無形)社交儀礼・若者組・隠居・共同作業等の習俗。
[6]信仰 (有形)祭礼具・法会具・奉納物・偶像類・呪術用具・社祠。(無形)祭祀・法会・祖霊信仰・田の神信仰・巫俗・つきもの。
[7]民俗知識 (有形)暦類・卜占用具・医療具・教育施設。(無形)暦数・禁忌・卜占・医療・教育。[8]民俗芸能・娯楽・遊戯 (有形)衣裳・道具・楽器・面・人形・玩具・舞台。(無形)祭礼行事・競技・竜戯。
[9]人の一生 (有形)産育用具・冠婚葬祭用具・産屋(うぶや)。(無形)誕生・育児・年祝い・婚姻・葬送・墓制。
[10]年中行事 (有形)正月用具・節句用具・盆用具。(無形)正月・節分・節句・盆。
[11]口頭伝承 (無形)伝説・昔ばなし。
上記の有形文化財は,道具や施設であり,無形文化財はそれらの道具をつくる技術,それらの道具・施設を使いながらの生活の仕方・慣習と,その基盤にある人々の考え方などである。したがって,両者を別々にではなく,関連的にみていかなければ意味がなく,関連的にみていくことによって実際に機能している「生活文化」が明らかになるのである。以上の項目のうち,現在の生活と関連深く,だれもが経験している衣食住と,人の一生と,年中行事についてその様相と観点を述べてみよう。
(1)衣食住
衣 服装は防寒・防暑のためばかりでなく,職業・社会的地位・年齢・性・その他の社会的条件によって相違する。着用の面からみると,屋内着・屋外着・労働着・職業服などがある。また,別の観点からいえば,“ハレ(晴)”と“ケ(褻)”によって区別される。“ハレ”は盆・正月や冠婚葬祭など日常とは異なる特別の日とか行事をさし,“ケ”は普段日常の状態を意味している。衣服とともに,付属品・かぶりもの・髪型などにも注意する。たとえば,野良で労働している人が頭にハチマキとか,女であれば顔の一部をおおったかぶりものをしている。人に会ってあいさつするときにはそれをとる。しかし,地域によっては女の人が客人に会う場合,手ぬぐいをわざわざ頭にかぶって出てくる風習がある。結婚式つまり“ハレ”の日にお嫁さんが角かくしをかぶる風習の根源である。普段の労働着としてのかぶりものはとるのであるが,“ハレ”の日には髪ををみせないという考え方があるのである。
食 食に関する道具としては,炊事・調理・保存・加工・嗜好品用具などが飲食器(箸・椀・皿など)のほかにある。実際の食生活の状態としては,[1]主食として米・麦・粟・稗などの配合,[2]代用食や救荒食,[3]ふだんの日の食事・労働日・外出・祝儀・喪のときの食事の違いなどに注目する。日常の食事は身体保持が主目的で,祝祭日などのハレの食事はむしろ宗教的・社会的意義が強調され,また呪的目的と結びつく食慣習がある。また食事の座席は,家庭的・社会的地位と関係している。
住 居住形式は,それぞれの地方の風土的・文化的特徴が具体的に示される。考察する観点としては,[1]屋敷の配置・施設・地形との関連,[2]住居,[3]納屋・便所・厩舎などの付属建物,[4]家具・調度などの具体物がある。また,実際の使用の仕方としては,住居は単に住まいというだけではなく,労働の場でもあり,家の祭りの場でもある。間取りと各間の名称・用途,いろり・かまどの構造と用法,住居への出入りの決まり,神仏の安置場所など,住生活の実際の様相をみていく。住居の建築・修理・屋根替は村の共同作業によって行われる。また,建築には技術だけでなく,つねに儀礼を伴い,さまざまな信仰と結びつく点にも留意する。
(2) 人の一生
通過儀礼または人生儀礼とも呼ばれる。誕生から死にいたるまでのそれぞれの人生のうちに日常的なふだんの生活“ケ”と,人生の折目ごとに行われる“ハレ”の儀礼がある。ここでは,人の一生におけるハレの儀礼を意味している。
誕生 産婦を中心とした儀礼と生児を中心とした儀礼がある。産婦に関しては,[1]妊娠の帯祝い,[2]産屋・産の忌や俗信,[3]産の神,[4]産婆・名付け親などの問題がある。生児についての儀礼としては,a. 産後の儀式,b. 食初(くいぞ)め,c. 初節句・初正月,d. 初誕生などがある。これらは誕生からほぼ1年間の儀礼である。成人式までのあいだに,子供の成長段階を祝うものとして“七五三”がある。
成人祝い 現在の祝祭日にも“成人の日”がある。男女とも13歳から15歳ぐらいまでのあいだに成人になる前段階として若者組・娘組に加入する。それぞれ若者宿・娘宿があり,そこで共同生活や作業をして,一人前の男女となる訓練を積む。この若者組・娘組への加入のあり方,そこでの生活・成人式・成女式のしきたりをみていく。
婚姻 大きく分けて婚姻の形態(婿入婚と嫁入迎,村内婚と村外婚など)と婚礼の儀礼がある。婚姻は家族制度とも関係する。婚礼では,[1]恋愛か見合いか,[2]仲人親(どういう人がなるか,その任務),[3]婚約・結納ではどういうことをするのか,[4]嫁入り行事(朝婿入・嫁の出立ち・迎え人・嫁渡し・行列・嫁の同行者・道具送りなど),[5]中宿(行列が途中で休息する家),[6]入家式(婚家に入るさいの作法),[7]夫婦盃・親子盃,[8]披露宴・村廻り・里帰りなどの行事がある。
死 これには,[1]人が死ぬとすぐ行われる行事(魂呼び・末期の水・枕飯・通夜・納棺など),[2]葬式(出棺・葬列・土葬・火葬など),[3]墓制(墓じるしの種類・つくる時期・両墓制など)がある。このほか,忌明け・年祭などがある。これらの行事には,死者の魂がどこにいくのかという霊魂観が基底にあるといえる。
(3) 年中行事と祭り
日本の年中行事は,水稲耕作に伴う耕作儀礼がその基盤をなしている。春祭りは予祝祭・祈願祭であり,秋祭りは収穫祭である。年中行事の暦時は,五節供・盆などを中心に構成されている。祭りは,しだいに華美になっていくが,祭りの本質は,神を迎える儀式,神と人間が交歓する儀礼,神を送る儀礼の三つに要約される。昼には「のぼり」を立て,夜には「かがり火」をたくのは神を地上に迎えるための標識である。供物を並べ,笛太鼓をならすのは神を歓待する行事である。それが終わると神を送る行事が迎えるときと同じように行われる。神輿や山車も神の送迎の乗り物である。神輿がジグザグと道路を練り歩くのは,神社に入るまでに,途中,各人の家を訪れるということを表現している。神社ができる前は,村の有力者の家が神の御座所となり,そこの娘が神に仕える巫女となっていた。その家を頭屋(とうや)という。頭屋になるとその期間の精進が課せられるので日常の生活に制約をきたし,しだいに社殿の常設・専業神職の成立になったと思われる。このような過程をみても,小さな祭りとはいえ,村の鎮守の祭りは村の共同体の祭りとして,現在行われている多くの祭りの原点にあるといえる。
【生活文化への関心】1980年代の現在,世界人類の,そして世界の諸地域・諸民族の,また日本における各地域の生活文化への関心が高まってきている。その動向の要因は,次のように捉えることができる。世界においては,第二次世界大戦後,アジア・アフリカ・ラテンアメリカで多くの独立国が生まれた。また,世界の人的・物的交流が拡大し,経済的・政治的にも世界の一体化が促進された。これにより,世界の諸民族の文化は同一化の側面をみせる反面,各民族文化の創造性・独自性が強く意識されてきた。つまり,人類社会の一体化が進み接触が多くなればなるほど,民族の独自性が意識され主張されてきたのである。また,科学技術の高度の発達は,地球外の世界へも行動範囲をひろげ,地球上の資源を大量に採掘・消費し,自然環境の破壊などを促進した。人類は,ここにきてはじめて,人類の生活舞台である地球を見直し,人類の文化の総体的見直しを迫られたといえる。人類とは何かという問題意識のもとに,人類の生活文化への関心が高まり,そのなかで各民族の生活文化が再認識されようとしているのである。日本国内では,戦後,地方自治の方向と地域社会の自立性・主体性の確立の動きと相まって,地域文化の発掘・再評価が活発となった。この傾向を学問的に助長したのは,世界の民族文化研究機関の「国立民族学博物館」の開館,日本の生活文化の研究を推進する「国立歴史民俗博物館」の開館であった。また,時期をほぼ同じくして,都道府県・市町村単位で資料館・郷土館の設立が相つぎ,さらに,東京の「たばこと塩の博物館」・千葉房州の「海岸資料館」・香川県の「瀬戸内海歴史民俗博物館」など,研究対象別,あるいは広域地域を研究対象とした資料館の設置も多くみられ,社会一般の生活文化への関心と研究条件を高めたのであった。また,研究面では,文化人類学・民俗学の概説・事典・叢書・啓蒙書・研究書などが多数出版されたことも大きな影響をもったといえる。
【社会科教育と生活文化】昭和53年版高等学校学習指導要領では,社会科に「現代社会」が新設され,全員の必修となった。この科目の2本柱の一つである第二の項目「(2)現代社会と人間の生き方」のなかには,生活と文化を学習する内容が含まれているが,それは次のような構成になっている。
人間生活における文化
世界の諸地域の文化と文化交流
日本の生活文化と伝統
現代の文化
ここで扱う文化は,「人間生活における文化」という表題の示すように,生活に密着した文化をさしている,さらに具体的にいえば,衣食住などの生活文化と人間のなかに流れている行動様式とか価値観などである。小項目間の関係は,「世界の諸地域の文化と文化交流」で世界に目をひろげ,人類文化の多様性を生活文化の観点から捉えるとともに今日における文化交流がもつ意味を把握する。そして「日本の生活文化と伝統」により日本文化の基盤にあるものに目を向け,世界は一体化を進め表面的な文化現象は一様になりつつあるが,生活様式や行動様式の底流を流れる基層文化は伝統的なものを色濃く残していることを明らかにする。そのうえで「現代の文化」によって日本と世界の文化の現代的特質を明らかにし,それが現代の生活とどのようにかかわっているかをみるのである。このようにみてくると,この項目全体が「生活文化」を基底にした学習であることが明らかになろう。高等学校「日本史」の学習においても,生活文化は重視されている。高等学校「日本史」は,「文化の総合的学習」を基本的性格としていることから,学習内容として当然,生活文化が多く取り扱われる。「内容の取扱い」には,〈生活文化の取扱いに当たっては,民俗学などの成果を活用して,その具体的な様相を把握させるようにする〉ととくに記されている。学習指導要領に「民俗学」の名が出たのは,昭和52年版中学校・昭和53年版高等学校の社会科がはじめてであることも注目すべきである。また,「日本史」では,「地域社会の歴史と文化」が内容項目に入り,地域学習の充実が図られた。主題学習においても「生活文化の展開」が主題の観点として取り上げられている。高等学校「世界史」は,近代以前を「文化圏学習」としている。目標に「世界の歴史における各文化圏の特色を把握」とあり,内容の構成は文化圏別となっている。「内容の取扱い」には,〈各文化圏の風土や民族に触れ,人々の生活の様子が具体的に理解できるようにし,……〉とあり,文化圏学習が,その地域の生活文化に焦点をあてることを示唆している。また,主題学習の観点の一つに,〈現代の諸地域の社会と文化について,文化人類学などの成果を活用しながら学習できるもの〉をあげている。文化人類学が研究対象を生活文化としていること,諸地域の社会と文化を学習主題としていることから,「生活文化」の重視が読みとれる。「文化人類学」の語句が学習指導要領に出たのは,昭和53年版がはじめてである。現在,学校教育全体の課題として,国際理解教育の推進が重要視されている。国際理解教育は,学校全体で取り組むべき問題であるが,その中心教科は,教科内容の関係から社会科となることは当然であろう。そして,国際理解教育は現在,異文化理解・文化間理解に重点がかけられている。国際理解の基盤には,民族相互の生活文化の理解,民族文化の理解が必須であるとの考え方である。この意味から,社会科教育の重点として,自国と世界の生活文化が取り上げられていることは,学校教育全体からみてもその意義は大きいものがある。
〔参考文献〕「昭和52年版 中学校学習指導要領」文部省
「昭和53年版 高等学校学習指導要領」文部省
桜井徳太郎監修『社会科のための民俗学』東京法令出版
高崎正秀他編『日本民俗学の視点 I・II・III』日本書籍
祖父江孝男他編『文化人類学事典』ぎょうせい
棚瀬襄爾『文化人類学』弘文堂
祖父江孝男監修『社会科のための文化人類学』東京法令出版
![]()