●斉 せい
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中国の周代の侯国。始封は太公望呂尚。西周末,献公のときリンシ※注1※に遷都。春秋時代,桓公は管仲の補政を得て中原諸侯を率いて楚を制圧し,春秋五覇の第1となる。その死後,公位継承紛争で挫折。覇権を晋に奪われる。以後,国内的には卿の台頭で君権が衰え,荘公は崔抒に弑殺される。ついで慶封が国政を一時壟断した。景公の死後,陳の亡命公子陳完の後裔,陳乞が公につぐ名門高・国2氏を追放。陳乞の子陳恒(田常)は残る有力貴族鮑・晏2氏を全滅させた。以後田氏が実権を掌握。田和は簒奪を敢行して太公と称し,周王の公認を得た(前386,康公15)。威王は魏を桂陵に破って戦国七雄最強となり,王号を称する。宣王は内に稜下の学を興し,魏を馬陵に破り,燕の禅譲騒動に乗じて燕を一時併呑して最盛期を現出する。馮王は秦に呼応して一時東帝を称したが,六国の連合国に大敗し,斉は一時的に滅亡する。襄王は田単の活躍で燕を破り斉を再興した。しかし以後国力は振わず,王建年間(前264〜前221)にいたって秦の征服を被り滅亡した。
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