●斉(南朝) せい
アジア 中華人民共和国 AD479 南北朝時代
479〜502 中国 蘭陵(山東省)出身の武人蕭道成が開いた王朝。7代24年。蕭道成は宋の後廃帝代の桂陽王休範の乱を平定して軍権を握り,さらに政敵沈攸之の勢力を倒し,479年宋の第8代順帝の禪を受けて帝位についた。これが斉の高帝である。宋の一族を根こそぎ殺した高帝は在位3年で没し,そのあとを継いだ武帝蕭サク※注1※は,台使の派遣を停止し,地方官の任期を安定させた。また校籍官をたてて戸籍を整理し,士庶の混同を防止し,王倹をして学館を開かせるなど,治世11年間は,永明の治とも称された。しかし,寒人茄法亮・呂文度らが実権を握り,貴族は抑圧された。鬱林・海陵2幼主をへて,明帝蕭鸞が即位すると,明帝は幼少なわが子を守るために,高帝・武帝の子20余人を次々と殺し,その近親屠殺の惨劇は眼をおおわしめた。明帝の次の東昏王蕭宝巻も殺戮王であるとともに情のままに快楽を求める淫虐無道な王であった。こうした折,宗室の疎族の蕭衍が,東昏王に殺された兄蕭懿の復讐を名として挙兵し,梁王朝をおこした。
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