●駿府城代 すんぷじょうだい
アジア 日本 AD
駿河城代ともいい,江戸幕府の職制の職名。老中支配の職。駿府に駐在して駿府城の管理・守衛・駿府勤番の統轄・久能山代拝などを司った。1633年(寛永10)に設置され,松平勝政が任命されて以来役高2,000石,役地は駿府周辺の古庄村以下8カ村,1864年(元治1)まで42人もの人がこの職についている。駿府が1632年(宝永9),幕府の直轄領となった機会にこの職が置かれた。それ以前は駿河大納言忠長50万石の城下であった。改易後は在番・城代制をしいている。それほど駿府は重要な場所であった。徳川五カ国領有時代の主城であったこと,徳川家康の大御所時代の場所であり,そののちも徳川氏の居城であったことが,駿府城代をおく理由となった。駿府は幕府の直轄領に囲まれ,また東海道の要衝でもあったので重視されたのである。1601年(慶長6)には町数28,人口1万4,071人,家数3,673を数えるほど栄えた町でもあった。