●住友 すみとも
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三井と並ぶ旧財閥の双璧で日本四大財閥の一。両替商を主に発展した商業資本家の三井に対し,住友は鉱山経営を中心に発展した産業資本家である。1630年(寛永7),泉屋と称し大坂で銅商を営み,1662年(寛文2)に吉左衛門友信は京と大坂に吹所を設け,ついで備中吉岡鉱山を経営,製銅・交易を行った。1696年(元禄3),4代友芳は別子銅山を発見,1749年(寛延2)には5代友昌が立川銅山を請負ってついに隣接した地域の両鉱山を経営するようになり,近世産業資本家としての基盤を不動のものとした。別子鉱山こそは当時世界最大の銅産国と目された日本の産出量のトップクラスの良鉱であった。明治維新は,住友の金融的地位を危地に向かわせたが,改めて採鉱権を得た別子は採鉱・経営の近代化が成功,産額急増して1887年(明治20)には銀行を創設した。ほかに貿易・製糸・機械・山林・倉庫・保険など各方面に進出,独占体としての実質を備え,第二次世界大戦時には,軍需産業の占める比重は,三井・三菱を凌いでいたといわれる。