●スペイン=チャモロ戦争 スペイン=チャモロせんそう
ヨーロッパ スペイン AD1672 スペイン王国
1672年4月から1695年7月まで,23年間断続したチャモロ民族の反乱とスペイン軍の鎮圧作戦。グアムは1565年のスペインの領有宣言以来,マニラ−アカプルコ間航行のガレオン船の中継地として利用されるだけであったが,1668年,サンヴィトレス神父を団長とするカトリックの宣教団が軍隊を伴って進出し,布教を開始した。布教は最初のうちは成功していたが,やがて住民はキリスト教が自分たちの生活習慣を強制的に変えることを嫌って反抗的となり,1670年に最初の反乱がおこった。1672年,タモン湾に面した村でサンヴィトレス神父が,酋長マタパンの幼い娘に,父親のマタパンに無断で洗礼したことから殺され,それ以降スペイン軍の懲罰出動・村落焼き払い,それに対するチャモロ人の復讐が本格的に繰り返されるようになり,1695年に最後の反乱勢がアギガン島で降伏するまで,戦いは断続した。その間,1681年から1683年にかけてサラビア知事が二年余の善政を施したのみで,エスプラーニア・キロガなど,代々の知事や軍人がチャモロ人の討伐を繰り返し,サンヴィトレス神父が“グアムだけで5万人,その他を合わせると10万人近い”と推定していたマリアナ諸島の人口は,1695年に戦いが終結したとき,5,000人以下に減少していた。