●ストルイピン
NIS諸国 ロシア連邦 AD1862 ロシア帝国
1862〜1911 ロシアの政治家。サラトフ県の大地主貴族の子として生まれ,ペテルスブルク大学卒業後官界に入り,サラトフ県の裁判所長や知事をつとめた。農民運動を鎮圧しニコライ2世の信任を得て,1906年4月,ゴレムイキン内閣の内相となり,第1国会解散の日の7月9日首相を兼任,1907年6月反政府的な第2国会解散,国会の協賛を経ず新選挙法を発布,国会を政府の御用国会とし独裁的な力をふるう。1906年農業改革を実施,ミールを廃止して自作農創設につとめ,他方,「戦時軍法会議法」(1906年8月)により,労働者や革命家に弾圧を加え帝政護持に尽力したが,1911年9月,農奴解放五十周年記念事業のためキエフに赴いた際暗殺された。
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