50音順    検 索

●ストラヴィンスキー

AD1882 

 1882〜1971 ソヴィエトの作曲家,1945年アメリカ国籍となる。父は聖ペテルブルグ帝室オペラの著名なバス歌手。9歳よりピアノを始め,作曲は法律を学ぶための大学に在学中,1902年からロシア五人組の一人,リムスキー=コルサコフに学んだ。この数年後ロシア=バレー界に君臨したディアギレフに見出され,バレー音楽『火の鳥』『ペトルシュカ』『春の祭典』という代表作といわれるものを次々に作曲し,名を不動のものとした。当時における彼の音楽への評価ほど肯定と否定の振幅が大きく,まちまちであったのも珍らしい。彼の音楽はつねに革新的であると同時に,新古典主義にみられるように,過去の音楽にその本流を探り,また12音技法の導入とジャズヘの関心という,新しいもののたゆまぬ摂取欲,そして作品の独創的な楽器編成,響きの不調和および独特なリズムは今までの音楽の殻を破るものである。その生涯は実に旅行による一生といってよく,ヨーロッパの多くの国に滞在し,それぞれの地で多くの作品を生んでいる。1934年にフランス国籍を得たが,第二次世界大戦を逃れ1939年にアメリカに渡り,ハリウッドに居を構え1945年にアメリカの市民権をとり永住した。自己の音楽への信念のため,つねに創作のための最上の場所を得るために遍歴を重ねたのである。

〔参考文献〕ミッシェル=フィリッポ,松本勤・丹治恆次郎共訳『ストラヴィンスキー』1980,音楽之友社浅香淳編『標準音楽辞典』1979,音楽之友社

下中邦彦編『音楽大辞典』1982,平凡社