●スターリン憲法 スターリンけんぽう
AD1936
1936年12月5日に臨時第8回全連邦ソヴィエト大会で採択されたソ連邦憲法の俗称。十月革命直後のロシア社会主義連邦ソヴィエト共和国憲法(1918年7月)や,ソヴィエト連邦成立後の最初の憲法(1924年1月)に対し,第一次および第二次5カ年計画の遂行によるソヴィエト社会の新しい情勢に応じ,ソ連邦では社会主義体制が基本的に確立されたとして制定されたもの。今日のソ連邦憲法(1977年10月)の基礎となる。【スターリン憲法の位置づけ】1918年憲法は資本主義から社会主義への過渡期の憲法で,旧支配階級との厳しい階級的対立関係を反映していたものである。1924年憲法は連邦の統治構造を主として問題とし,市民の基本的義務・社会経済構造などについては18年憲法を継承していたものであるのに対し,スターリン憲法は旧支配階級は亡ぼされ,ソ連は「労働者および農民の社会主義国家」になったとして,その基本法として制定された。1977年憲法は「発展した社会主義社会」の基本法として制定されたが,基本的にはスターリン憲法を詳細にし,その形式を整えたものといえる。
【スターリン憲法の内容】第二次5カ年計画の遂行途上,1935年2月の第7回ソヴィエト大会において,新しい社会体制に応じて新憲法の制定が提議された。スターリンを議長とする憲法起草委員会の議を経て,1936年12月5日の第8回ソヴィエト大会で,全文13章146条より成る憲法が制定された。それは,〈全権力は勤労者代議員ソヴィエトに代表せられる都市および農村の勤労者に属する〉(第1章第3条),その〈経済的基礎をなすものは生産用具および生産手段の社会主義的所有である〉(同第4条)として,〈各人からはその能力に応じて,各人にはその労働に応じて〉という社会主義の原則(同第12条)を成文化していた。第1章社会機構,第2章国家機構,第3章国家権力の最高機関,第4章構成共和国の最高機関,第5章国家行政機関,第6章構成共和国の行政機関,第7章自治ソヴィエト社会主義共和国国家権力の最高機関,第8章国家権力の地方機関,第9章裁判所および検事局,第10章人民の基本的権利および義務,第11章選挙制度,第12章国章・国旗および国都,第13章憲法変更手続である。
【ソ連の政治機構】スターリン憲法により,従来のソヴィエト大会に代わり,ソ連の最高権力機関となった最高ソヴィエトは,連邦ソヴィエトと民族ソヴィエトより成り,その代表機関は最高ソヴィエト幹部会である。行政機関としての人民委員会議(現在の閣僚会議)および司法機関としての連邦最高裁判所および検事局は,最高ソヴィエトの権力を分担する。ソヴィエト制が議会制と根本的に区別される点は,共産党という合法性を独占する政党がソヴィエト政府の背後にあり,ソ連の最高政策を決定するところにある。最高ソヴィエトの任務は,この共産党の決定を消化し,吸収する点にある。スターリンは,1922年以来共産党の書記長の任にあり,1941年人民委員会議議長を兼ね,独裁権を振るった。なお,スターリン憲法制定時,ソ連邦構成共和国はロシア・ウクライナ・白ロシア・アゼルバイジャン・グルジア・アルメニア・トルクメン・ウズベク・タジク・カザフ・キルギスの11共和国であった。
【選挙制度】スターリン憲法の特徴の一つは,従来の選挙が労働者5,農民1の割合で代表者を挙手によって選ぶ公開・間接選挙であったのに対し,満18歳以上の普通の国民すべてに選挙権を与える普通・平等・直接・秘密選挙制が採用されたことにあった。ただし,候補者は共産党の組織・労働組合・協同組合・青年団体・文化協会などの組織によって推薦された者に限られ,しかも代議員の定員数と推薦候補者数は必ず同数になっていたから,選挙民は共産党によって決められた候補者について賛否の意思を表明しうるだけであった。スターリン憲法による最高ソヴィエトの選挙は,1937年12月に行われ,翌1938年1月第1回会議が召集された。