50音順    検 索

●スタイン

ヨーロッパ 英国 AD1862 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1862〜1943 イギリスの探検家・東洋史学者。ハンガリーのブダペストに生まれ,1904年イギリスに帰化。オクスフォード,ロンドンなどの大学に学び,1888年ロンドン大学のローリンソンの推薦でインド(現パキスタン)のラホール東洋学校の校長,翌年カルカッタ,イスラーム寺院付属学校の校長,1904年インド古跡調査局に入る。1900年から1916年にかけて3回の中央アジア探険を行い,ホータン・敦煌カラ=ホトなどの遺跡を調査,多くの貴重な遺物をもち帰り,マルコ=ポーロの書いたエチナがカラ=ホトであることを確認するなどの成果をあげた。その後インダス文明の遺跡調査(1927〜1938),シリア・ヨルダンからイラクにいたるローマの長城の調査(1938〜1939)などを行い,1943年カシミールからペシャワールを経てアフガニスタンのカーブルにいたり,この地で病死した。カーブル郊外にその墓がある。数多くの著書を残して中央アジア史の解明に寄与し,1912年 Sirの称号を許された。

〔参考文献〕J.ミルスキー,杉山二郎・伊吹寛子・瀧梢訳『考古学探検家スタイン伝』1984,六興出版