●鈴木貫太郎 すずきかんたろう
アジア 日本 AD1867 江戸時代
1867〜1948(慶応3〜昭和23) 和泉国久世家代官由哲の長男として大阪府に生まれ,のち千葉県に移る。1887年海軍兵学校を卒業,日清戦争では中尉で第6号水雷艇長として威海衛港の占領(1895年2月)に活躍した。1898年海軍大学校を卒業し,ドイツ駐在などを経て日露戦争(1904〜1905)には中佐で第4駆逐隊司令として従軍,日本海海戦に殊勲をたてた。1917年(大正6)中将,第2・第3艦隊呉鎮守府の各長官,1923年大将・連合艦隊長官・軍令部長を歴任し,1929年(昭和4)予備役。退役と同時に侍従長兼枢密顧問官となり,在任7年に及んだとき二・二六事件で反乱軍に襲われて重傷を負って辞職した。同年11月,男爵を授けられ,枢密顧問官,1940年枢密院副議長,1944年枢密院議長,1945年4月首相となって同8月ポツダム宣言を受話し,終戦を断行して同月内閣総辞職。同年11月から翌1946年まで枢密院議長,以後引退した。
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