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●調所広郷 ずしょひろさと

アジア 日本 AD1776 江戸時代

 1776〜1848(安永5〜嘉永1) 奥茶道頭笑悦,蓄髪して笑左衛門広郷。1833年(天保4)家老に昇進。隠居島津重豪(26代薩摩藩主)より,[1]1830年(天保1)より10年間に50万両の貯蓄,[2]ほかに,平時ならびに非常時の手当金の貯蓄,[3]500万両の古借証文回収,の三大任務を与えられた。まず,当時第一等の経済学者佐藤信淵の意見を仰ぎ,身分制の壁を破って出雲屋孫兵衛ら練達の町人を配下に置く。改革の主柱として大島・徳之島喜界島三島の黒糖総専売を強行し,また諸特産の改良・専売を実施。1836〜1837年には大坂・江戸の古借証文を回収し,250年賦・無利子払いを断行。また贋貨鋳造や琉球国利用の抜き荷を敢行し,抜き荷暴露の罪を一身に負って服毒自殺。三目標の達成はもちろん,道路・橋梁・港湾・河川改修,新田開発,社寺や藩邸の営繕,洋式軍備などに200万両も注ぎ,今日にまで恩恵を残した。彼の貯えた財政力が,薩藩を維新の主役としたといえる。