●崇神天皇 すじんてんのう
アジア 日本 AD
『古事記』『日本書紀』の系譜上の天皇。第10代と伝えられている。開化天皇の皇子で,母は伊香色謎命。名は御間城入彦五十瓊殖という。『日本書紀』には,おもな事績として,神祇祭祇の充実・四道将軍派遣による大和朝廷の領域拡大・税制の創設・池溝の開発などが記されており,王権の基礎がためをした天皇として描かれている。崇神天皇は,神武天皇と同じく“ハツクニシラススメラミコト”と称され,その事績も人間的であり,また崇神・垂仁の系謡に見られるイリヒコの名が,他に見られない古いものと思われることなどから,これまで,実在確実な最初の天皇とする説が有力であった。しかし現在その存在を否定する説も出されており,崇神を始祖とする騎馬民族征服王朝説や三輪王朝論も含めて,再検討の必要があろう。陵墓は,山辺道勾岡上陵(奈良県天理市柳本町の行燈山古墳)とされている。〔参考文献〕上田正昭他編『ゼミナール日本古代史』1980,光文社